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言葉 on air

 ここでもいっぱい書いていたように、妻夫木くんにはまってたくさん作品を観ていました。そして、その中で共演していていいなあと思った窪塚洋介くんの作品を、今度は片っ端から観ています。役のたびにころっと雰囲気が変わるのに、どれもまるで本人がそういう人みたいに見えるくらい自然なのですごい演技力だなあと思っています。そして、友人に「まだ妻夫木くんにはまってるの?」と聞かれるたびに窪塚くんもはまっていっぱい観てると言っているうちに、あることに気が付きました。

 窪塚くんが気に入っていると言うと、ほとんどみんなが「えー!だってあの人飛んじゃった人でしょー!オカシイのになんで?」とワイドショーの言葉で話すことです。何人もの人がまったく同じ反応で同じように言うので、ちょっと気味悪くなってきました。みんなが思い込んでいるものはワイドショーで放送されたイメージで、事実は誰も知りません。でもみんな、まるで自分で見たかのようにワイドショーでのイメージを私に説明して窪塚なんてやめなよ、と言ってくれます。まず、その一様な報道の信じ込みに集団心理を見たようで怖ーくなりました。

 まったく客観的に情報を集めると、まず、事実は誰にもわからないということがわかります。復帰後のインタビューによると、本人は事故当時のことは覚えていないとのこと。交通事故などに遭った人が一様に事故当時の記憶がないと言うのは普通で、まあ本人もきっと本当にその瞬間は覚えていないのだと思います。そして、本人のインタビューによれば、「死のうと思ったことは一度もない」とのこと。もちろんインタビューだって風当たりを気にしていくらでもきれい事は言えるのでどこまでが本心かはわからないにしても、まあ一応は本人が発したであろう言葉であることでは、まずまず信頼性はあるかもしれません。

 次にみんなが「飛んだ」と言っているのは、多分インタビューではない所でもっとも報道で言われたことです。映画「ピンポン」で彼が「I can fly~!」と叫んで江ノ島の橋から水面へジャンプするシーンがあります。きっとこれとダブっているのだと思います。が、これは映画ですから、台本があって脚本があって監督が指示しているわけです。映画でそういうシーンがあるからと言ってべつに本人がそうだというわけではありません。

 当時の彼の所属事務所は一環して「理由はわからない」と言い続けました。まあ、本当にわからなかったんじゃないでしょうか。今は彼は独立して事務所に所属していません。

 それから、麻に関する多様性や利便性を彼が説いていたので大麻でラリってぶっ飛んじゃったんじゃないかとも言われています。その他の説としてはいつもベランダの手すりにお腹を乗っけてやじろべえのようにゆらゆらするのが日課で、その日たまたま落ちたというのもあります。

 ま、このように、ちょっと調べただけでも諸説紛々ありますが、確実なのは、事実は誰も知らないということです。でもみんな、本当のことを知らないのに、私に自信たっぷりに「やめなよ~あの人コワいじゃん。」とまるで自分で見てきたかのように話します。これは何か。

 公に向けて発せられた言葉には何倍もの力がある、ということですね。当たり前のことなんだけど、わりと実感しないで生活しちゃってますが、すっごくコワいなーと思っています。「窪塚くんが好きで」と言ったときのその人の反応でどれくらい世間の評判を鵜呑みにしているかがわかるメジャーになっているんですね。大体、本人のことは友達じゃないんだから知らないんだし、演技力で好きかどうかなので評判は私はどうでもいいんですよねえ。良い演技をしていて良い作品なら観るだけです。

 この前妻夫木くんの舞台挨拶に行ったとき、ファンクラブの女の子が「女ったらし的な役をやってほしくない」と言っていて、私はすごく驚きました。彼女が言うには、「そういう役をやっているシーンを見ると、本人にもそういう部分があるんじゃないかと思っちゃってすごくいやだから見たくない」んだそうです。でもねー、はっきり言って演技ですから、台本があって、「こんなせりふ、自分だったら絶対言わねえよ」と思っても、言わなきゃならないわけです。だって、それが仕事ですからねー。そして、演技をするからには、まるで自分がそうい人であるかのようにもっとも自然に見えるようにせりふを言うことが「芝居をする」ということですから、そういう風に見えないと大根なわけです。だから逆に自分と正反対の役や悪役はやっていておもしろいときもあるし、やりがいもあります。妻夫木くんもインタビューで「いい子ちゃんばっかりじゃなくてすっごい悪役もやってみたい」と言っていて、そりゃそうだよなあと思っていました。でも、ファンってやっぱり悪役や変質者の役はやってほしくないんですね。ビックリしました。やさしい素敵な役だけやってほしいって、そんなのつまんないと思うよ?それに「悪役やるとそういう人かと思っちゃう」って、じゃあ時代劇やったらお江戸の人かと思うのか?ってそんなことないだろー!

 実は私にも他人の受け取り方の違いでびっくりした経験があります。仕事でイベントのMCをやっていた頃で、その日は司会をしていたイベントで抽選がありました。みんな一列に並んでくじを引いてもらっていて、一人の人が抱っこしていた子供にくじを引かせていたので、私がマイクで「欲のないお子さんは、けっこう当たるんですよー」と言ったんです。これは、数年司会をやっていて実際に感じたことで、小さい子供に「ほらひとつ取って」とくじを引かせると大きな賞が当たることが多かったので、深く考えずに言ったんですね。そうしたら、抽選が終わったあと、「あの女が俺達は欲があるから当たらないって言いやがった」とクレームがつきました。これにはスタッフ一同たまげました。「欲がある人は当たらない」とは私は一言も言ってませんが、「欲のない子供はよく当たる」と言った私の言葉を彼はそう取ったわけです。会話形式ではない一方的なマイクでの言葉は、公に放たれると聞く人の意識によっての裏の意味まで持つ、強い力になることをそのとき実感して、「ひゃー次からは気をつけよう」と肝に銘じることとなりました。これは私にとってかなりの勉強になりました。なので、放送されるとなると、無難なことしか言えないのもわかります。そして、出された言葉は引っ込めることはできないので、発した後は自分で責任を持たなければなりません。

 高校生の時、渋谷で友達と買い物をしていて、雑誌の街頭インタビューみたいなのを受けたことがありました。そのときは「今日何買ったの?」と聞かれ「○○円のスカート」と言ったのですが、後日クラスメイトが「載ってるよ」と見せてくれた雑誌には「毎月服は5千円くらい買います♪」とか書いてあって、実名と写真入りだったので「テキトーにでっちあげてんじゃねえよ、このやろー」と思ったことがあります。なるべくこういうのに惑わされないでいたいですね。そんで情報と状況を調べて客観的に判断できる人でいたいです。高校生を載っけた雑誌でこうなんだから、ワイドショーなんて・・・いやいや、やたらなこと言うのやめとこっか?

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鼻歌はアンパンマン~♪

子供達が大きくなるにつれ、一緒にテレビのアニメを見るようになりました。子供がちっちゃい頃は、「いないいないばあ」や「おかあさんといっしょ」とかの3チャンネルばっかりでしたけど、最近は色々見ています。子供と一緒に見るようになってだんだん詳しくなっていきますねえ。中学や高校の頃はよくアニメを見ていましたが、この頃は全然なのでちっともわかりません。

昨日の朝、初めて平成の「鬼太郎」を見ました。なんていうか、すっごい最近の絵だよねえ。モブキャラの前髪がつんつん立ってるし、もう~顔がすごいイマドキの顔!鬼太郎も心なしかちょっとかわいく(?)なってたりしてね。目玉おやじの声がそのままなのはうれしいけどね。私が見てた鬼太郎は前にリメイクされてたアニメシリーズのそのまた前のシリーズだからねー。ほんとに古いよ!

何が古さを感じるって、私が初めて「これはすげぇ!」と思ったアニメはガンダムじゃなくてヤマトだってことだね~!伊武雅人と言えばデスラー総統ですよ。海猿を見て「変わらないなあ~総統の時はきっとすっごく若かったんだろうなあ。」とつい思っちゃうね。ガンダムだってリアルタイムで見ていたけれど、もう5~6年生だったよね。わかるのは「めぐりあい宇宙」までですよ(宇宙と書いてそら!地球と書いてテラ!そういえば「地球へ!」も今またやってるね)。もう「ターンA」とか「ガン種」とかちっともわからないもん。今度のガンダムは「ガゆんダム」だそうですが(キャラ設定が高河ゆんなんだって)、もう「種」の時点でキャラにはついていけてないし~。

私が当時からファンだったのは、宮崎駿さんの作品でした。私が中学生の頃はまだ一般には宮崎駿さんの名は知られておらず、学校で「宮崎駿作品が好き」と言うと「なにそれ」と変わり者扱いでしたね~・・・。あの頃はみんな聖子ちゃんかシブガキ隊(古っ!)とかでした。ひょうきん族もドンピシャの年代なんだけど、一度も見たことないんだよね~。うちは8時~9時の間に父が「寝ろ!」という家だったので、居間にいられず、自分の部屋に行って夜中まで起きてたんですね。なので部屋で絵を描くか本を読んでました。当然、当時のテレビはニュースかアニメしか見れなかったのよね。

その中で宮崎さんのアニメは良かった!「あたし、ラピュタが好きで~」とか言われると「ラピュタはコナンなんだよっ!」と叫びたくなります(名探偵じゃないよ)。あの頃はアニメやマンガが好きなだけで変なの~と言われていたのに、言っていた人たちが今は自分の子供に「トトロ」や「魔女の宅急便」をDVDで買って「名作だよね~」とか言うのを聞くとちょっとなんだよ!と思ったりします。ははは。「トトロ」だって「パンダコパンダ」なんだよぅっ!ああ誰か止めて~。言いたかったのは、昨日の鬼太郎のろくろっ首が江古田ちゃんみたいだったってことさ~。

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祝!退院!

金曜日の午前中、ちびっこ達が退院しました。

木曜日に「明日退院できますので10時から12時の間にいらしてください。」と言われました。子供達は面会時間が終わって私が病室を出る時に、毎日毎日大泣きしました。特に下の子は私と離れるのは初めての経験でもあり、本当に大暴れして泣き叫び、私も毎日いたたまれない思いだったので、ロビちゃんと朝10時いちばんに迎えに行こうと決めました。

次の日の朝10時、病室に入って行くと、私達の顔を見て子供達は案の定大泣きを始めました。でも看護士さんからの説明があるのでちょっと待ってもらい、別室で説明を聞いていたのですが、ものすごい泣き声が聞こえるんですね~。でも、別室につれてきてもらって、抱っこして「これからおうちに帰ろうか。」と言ったらやっと納得した様子。二人とも元気に看護士さんにバイバイをしました。

さて、家に帰ってきてから息子と娘は食べること食べること。特に息子は目につくものを片っ端から食べっぱなしです。まあ、娘は普通の白いごはんでしたが、息子は熱も続いて全粥だったので、かなり物足りなかったのでしょう。ごはんでもパンでもたまたまあったバウムクーヘンも信玄餅も、勝手に持ってきてじゃんじゃん食べています。しまいには戸棚を開けて粉を持ってきてホットケーキを作れと言い始めました。だんだん「大丈夫かなあ・・・。」と心配になりましたが、案の定、寝てから11時過ぎ頃咳こんでいるうちに大量に吐いてしまいました。心配的中・・・・・・。ラッキーなことにおねしょパットを敷いてある布団に吐いたので、シーツとおねしょパットだけで布団まで被害がいかずにすみました。本人は吐いてすっきりしたらしく、ぐうぐう寝ているので、服だけ着替えさせましたが、まったく起きることもなし。私はそれから洗濯機を回して全部洗い、夜中だけど外にシーツとおねしょパットとパジャマを干しました。朝にはパリッと乾いてました~。

今日も息子は自由に食べられるのがうれしいらしく自分で色々食べてましたが、ちょっとセーブさせましたよ。子供って食べすぎとかまだわからないんですねえ。

なにはともあれ、二人とも無事に退院できて本当に良かったです。心配してメールや電話をくださった皆さま、ありがとうございました。同じぜんそくの子供を持つ友達の経験談にとても励まされ、心強かったです~!自分もぜんそくだったけど、私の頃と今ではずいぶん医療も違っていて最近の情報はとてもありがたかったですね。これからは子供達がなるべくぜんそくの発作を起こさないですむようにがんばらないとね。

家の中はまたにぎやかでうるさくてすぐちらかってひどいですが、子供達がいるだけでホッと一安心です~。不思議なもので、子供達が入院してる間、すごい時間がたっぷりあると思ったのに、小説は一文字も書けませんでした。なんていうか、考えられないんですよね。考えないですむこと(買い物とか)はできたんですが、心配事があると考えなきゃならないことはできないんですねえ。

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お見舞い生活

子供が入院してから今日で3日目、毎日面会時間いっぱいいっぱいお見舞いに行きます。子供たちは首を長ーくして待ってるし、他のお母さん達が面会に来ると「うちは?うちは?」ってみんなそわそわしだすので、遅れるとかわいそうなんだよね。

それでも今日は20分くらい遅くなってしまって病室に行ったら娘にすかさず「あ~ママ来た~!ママ遅いよ~!」と言われてしまいました。ゴメンよ。息子は私の顔を見た瞬間にもう大泣きです。ほんとに悲しそう。こっちも涙が出ます。

でも今回のことはお互いとても良い経験になっています。子供達にも新しい経験だし、私はいくら自分がぜんそくだったとはいえ、それはもうずいぶん前のこと。とにかく最初にびっくりしたのは、あの血中酸素濃度を測る機械です。クリップになっていて指先をちょっとはさむだけで、数値がデジタルで表示されるのです。私が子供の頃はこんなのなかった!と思い看護士さんに聞くと、はさんだ爪の付け根からセンサーで測ることができるのだそうです。いやあすごい!昔はこの血中酸素濃度を測るにはタンス一個分くらいの大きな機械が必要だったそうですが、それが今やこんな小さなクリップになったわけです。これで酸素濃度が95以下なら入院治療という指針ができているわけですね。もし私が子供の頃にこれがあったらきっと発作のたびに入院してたでしょうね。実際はぜんそくでの入院は一度もしたことありませんが。あの頃これがあって入院とかしてたらもう少し楽だったのかな、とか思います。

あと、今のぜんそくの治療は出た発作を沈める治療ではなく、発作を出さないようにする予防の治療で、根本的に違います。有名なスピードスケートの選手が「発作を出さない予防のぜんそく治療」のキャンペーンポスターになっていて、ものすごく驚いたのがその治療を知った最初ですが、とにかく私はぜんそくで「走る」ということができない子供でした(走ると100%発作が出るからです)。それが、ぜんそくなのにスピードスケートの選手になれる人がいるなんて、もうカルチャーショック!これはすごいことですよ!病気のせいで可能性がせばめられることがないわけです。すばらしい!

今回のうちの子供達の担当になってくださった若い医師は、息子の入院が決まった時「オノンは飲んだことありますか?」と即座にピンポイントで確認をしていました。この「オノン」という薬がカギとなる予防の薬です。今うちは「こどもクリニック」と「T小児科」の二つのかかりつけ医院がありますが、「オノン」を処方してくれるのは「T」先生で、「こども~」では出たことがありません。このへんからも、今回のことでこれからはぜんそくではT先生に診てもらおう、とこちらの指針も決まりました。実際T先生は以前市立病院の先生だったので連携が取れていて、ひどくなった時にはすぐに電話して市立病院に送ってくれるそうです。これからはなるべく発作を出さないように、T先生と相談して気を付けていこうと改めて思いましたね。方向性が決まることはこれからの行動も具体的になって良いことです。

そしてもうひとつの発見は、咳です。娘が咳をしたりすると、看護師さんが「わあ、良い咳が出たね~!上手に咳してタンを出せるね~。」と、咳をほめるんです。私はぜんそくが出ると、しつこい咳がわずらわしくて苦しくて大嫌いでした。咳ばっかりしてる病気なわけだし、とにかく咳が出始めると自分でも「やばいな」と思う、悪役でした。ところが、娘や息子は咳をするたびに看護士さんにほめられているのです。でも、確かに咳は、異物を出そうとする人間のしくみで、必要だからしているわけだし、実際タンがたまりすぎると肺炎になってしまうのですが、そのタンをうまく咳で出していくことは大切なのですね。咳ばっかり出る病気で咳のたびにいちいち「あ~やだ」と思っているのと、「良い咳だね」と言われるのとではずいぶんストレスが違うはずです。な~るほ~どな~!とものすごく感心してしまいました。とっても勉強になっています。やはり医師とか看護士とか、プロの対応というものは勉強になりますね。自分で一番なじみのある病気だと思っていたけれど、新発見ばかりの今日この頃です。ま、私の子供の頃なんて、ふた昔も前なんだもんね。

あとひとつ、へえ~と思ったのは、冷たい飲み物は気管支をせまくするので良くないと、壁に貼ってあった注意書きに書いてあったことです。私は真夏のこの暑い中でもあったかい飲み物が好きです。冷たいのももちろん飲むけど、あったかいのがないと体がつらいのですが、呼吸器系が弱い自分にとって、自分で無意識にやってるんだろうか~と思いました。貼り紙ひとつでも、病院って勉強になるなあ!

でも2歳の息子にはそんな私の新発見などわかるわけもなく、今日も面会時間の終わりには大泣きして大暴れ。娘も今日はちょっと涙目でした。木曜か金曜には退院できるかな、と今日先生に言われたので、あともう少しですね。きっちりと治して退院しよう!ファイト!

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子供が入院

いやあ、たまげました。

子供が初めて入院しました。親の心臓に悪いです。

最初は夏風邪かなと思っていたんですね。まあ本当に夏風邪だったんだと思います。キャンプから帰ってきた次の日、2歳になった息子が鼻水をたらしちょっとゴホゴホ咳をしていました。4歳の娘ものどが痛いと言って乾いた咳をしています。ロビちゃんは仕事なので、私が二人を連れてこどもクリニックへ。娘はのどが赤かったので咳とのどの薬を、息子は少しゼイゼイいっているので気管支の薬をもらいました。でも息子は朝起きてから計3回、飲み込んだ痰を吐いています。先生に言ったら「吐いてすっきりしたでしょう。」ということでした。でも私はちょっと心配。だって午前中だけで3回も吐いてるんだし。

家に帰ってから薬を飲ませたらまたすぐ全部吐いてしまい、ゼエゼエいってぐったり。ちょっと昼寝をしたけど抱っこすると熱くて熱っぽいし、また吐いてぐったり。どうも様子が尋常ではなくなってきたので怖くなって、土曜日だったので市立病院の救急外来へ行きました。娘は私の母と近所のおまつりに行ってうちで待っていると言うので、私一人で連れて行ったのですが、息子が吸入をしている間いろんな看護士さんに「お母さん一人だけ?」と聞かれました。確かにまわりは付き添いの人がたくさんいます。夜はみんな来られるんですね。ロビちゃんは主にディナーの仕事をしているので夜はいつも終電です。

吸入をしてもぜんめいが治まらないので点滴をすることになりました。私も子供の頃からぜんそくで、発作が出たときは点滴をするとテキメンに楽になるので内心「やったー!」と思いました。これで息子も楽になるはずです。

点滴をしていると少し楽になったのか機嫌が良くなり笑顔が出てきて、そのうち寝てしまいました。ほっとしていると、看護士さんが来て指にはさんで血中酸素濃度を測る機械で測定してくれたのですが・・・いくら測っても酸素濃度が上がらないどころか、測っている間にどんどん下がっていくじゃないですか。「寝ているから呼吸が浅いのかしら・・・。それにしても低いわね・・・。」そこで私は娘のお友達の弟くんの話を思い出しました。その子もぜんそくで、酸素濃度が95以下だと入院になるんだそうです(通常は100です)。息子は最初93と92の間を行ったり来たりして、そのうち91になり、90になり、しまいには88にまで下がってしまい、看護士さんは先生を呼びに行きました。

先生の説明では、吸入もして、点滴でもかなり強い薬を入れているのにこの数値では本人はとても苦しいということ、すぐこのまま入院した方がいいということでした。今まではぜんそくとは診断されたことはなく、気管支炎とは言われたことがあって、これが何回も起こるようならもしかしたらぜんそくかも、とは言われていました。救急の先生が小児科の先生に電話をしたらすぐに先生が飛んできてくれて(私服で普通のお兄さんって感じだったので本当に飛んできてくれたんだと思います)、息子の担当になってくれました。その先生に尋ねたところ、きっぱりと「ぜんそくです。」と言われてしまいました。ショック・・・と思う気持ちと、ああやっぱりな・・・と思う気持ちでがっくりきました。

自分も3歳からぜんそく持ちなので、まあ3歳前の記憶ってないし、自分の人生は全部ぜんそくと一緒なわけです。どう苦しいとか、どういうときに発作が出やすいとか、苦労したこととかわかってるだけに、同じ苦しい思いをするのかと思うと悲しいです。でもその反面、どうしたら楽なのかもわかるので、病気自体がわからないという不安はまったくありません。自分にとっては付き合いの長い、なじみのある病気ですからね。ただやっぱり自分のが遺伝したんだなと思うととっても申し訳なくて涙が出ました。

夕方から救急にいて、小児科病棟に行ったのはすっかり10時を過ぎた頃です。息子を預け、色々説明を受けている間、大泣きしている息子の叫び声が丸聞こえでした。息子は家にいても私がトイレに行くだけで泣いてついてくるほどなので、こんな風に一人になったことがありません。それはもう死ぬくらいの抵抗で泣き叫んでいる息子を置いて帰るのが一番つらかったですね~・・・。

そして次の日、日曜日は朝10時から面会できるので急いで行くと、私の顔を見て「ぎゃ~!」と泣いて、私がベッドまで行くとしがみついてしゃくりあげ、こっちまで涙が出そう。小さい体ですっごい我慢してるんだよね。お昼まで一緒にいましたが、私がいると離れなくてお昼ごはんを食べようとしないので看護士さんに「お母さんもごはん食べてきて。」とうながされ、一旦家へお昼ごはんを食べに戻りました。

すると今度は娘が「ごほんごほんする~」と言い始め、昨日の息子と同じように吐いたのでびっくり!どうせ面会に行くんだからと娘も一緒に連れて病院へ行きました。ロビちゃんも会社に電話を入れて仕事を休ませてもらい一緒に病院へ。まずは救急で同じように吸入をしてから点滴。娘は息子ほどひどくはないのですが、点滴をしたあとに酸素濃度の数値を測ると94。ぎりぎりです。ぜんそくは夜になるとひどくなるのが特徴で、昼間は楽なはずなのですが、その昼間に94ということは、夜はもっと悪化する可能性の方が高いので大事を取って入院するか、家に帰って様子を見るか、ということになりました。

家に戻ってもしまた苦しくなっても、家ではどうにもできないので結局また救急に駆け込むことになるし、わざわざ苦しい思いをするよりはと考え、入院させることにしました。病院なら酸素吸入もあるし、点滴もしててもらえるし、楽なはずです。でもこれでなんと二人とも入院!ということに!

幸いベッドは隣にしてもらえたので、息子もお姉ちゃんが来て安心したみたいです。ちょっと落ち着いていたし、娘は「お泊りだ~。」と苦しいながらも何やら楽しそう。また帰るときに息子は大泣きしましたが、体がつらくないのが一番だと思い、病院にいるから安心なんだ、と自分に言い聞かせてロビちゃんと家に戻りました。

子供を産んでから初めて子供たちと離れ、その静かさにびっくり。子供を預けられる人もいないのでこんな風に子供抜きの時間は今まで持ったことがありません。さみしいけど、面会時間以外は病院に行っても会うことはできないんだし、くよくよしても仕方ないのでこの機会に普段できないことをやっておこうと、気持ちを切り替えることにしました。

でも、早く治って帰ってきてね。ママはさみしいです。

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NANA読んだ~

友達のリエちゃんがNANAを貸してくれました。マンガ一気読みするのは大好きなので子供が寝てからあっという間に読んだよ~!でも3日くらいかかったかな?

え~で、印象はというと、これって・・・「To-y」だよねぇ?って話をしたら、弟の奥さんが「トーイってなに?」って・・・。ジェネレーションギャーップ!!し、知らないんだ・・・トーイ・・・。

「To-y」は私が高校生の頃に少年サンデーに連載されていたマンガです。うう・・・年がバレますねっ。私は「To-y」が大好きで大好きで10年くらいバイブルでしたかね。留学したアメリカにも唯一持って行ったマンガ・・・でした。

「NANA」のバンドのドラムスのヤス、大体ハゲでグラサンはやっぱり桃ちゃんでしょう!(桃ちゃんはトーイのバンドのドラムスでやはりスキンヘッドのグラサンです)で、桃ちゃんはつまりサンちゃんでしょう!ちなみにサンちゃんはサンプラザ中野さんですね♪「To-y」はいろんな人がモデルとして登場します。それにちょうど当時はパンクスが大流行で、新宿のロストにはベビーパンクなかっこをした高校生が道路に座り込んでライブを待ってましたよねえ。

あの頃は「爆風スランプ」「ブルーハーツ」全盛期。「爆スラ」と聞いて「ランナー」と思うあなた、若いです。私たち世代の「爆スラ」はやはり「玉ねぎ」ですよ!オールナイトニッポンでいつもかかっていて涙が出ちゃうあの名曲です(大きな玉ねぎの下で)!他にも「せたがやたがやせ」とか「青春りっしんべん」とか・・・はい、「爆スラ」大ファンでした。「ブルーハーツ」も大好きでしたよ!あのまるで狂ったようにめちゃくちゃ動き回ってヒロトが「ギター弾きに貸す部屋はねえ~♪」と歌うとワクワクしましたね。私は絵を描くときは必ず音楽をかけて描くのですが、よく初期段階で「爆スラ」や「ブルーハーツ」をかけてガンガン歌いながら描いてました。筆が進むんですよぅ~。で、仕上げの頃には落ち着いた「ジェネシス」(フィル・コリンズのいたバンド)とか、「ポリス」(スティングのいたバンド)とかかけてましたね。仕上げにそのまま「ブルーハーツ」とか聞いちゃうときれいに細かく仕上げられなくてめっちゃくちゃになっちゃうんだよね。そんなわけで、音楽だけじゃなくて聞きながら描いた絵も目に浮かぶなつかしい思い出です。

私が通っていた留学システムは実はロストと同じビル内で、ロストは地下1階、留学システムは3階だったかな?休み時間にいつも窓から座り込んでいる女の子たちを眺めていたもんです。

実はそんな私も当時はちょいパンクスなかっこをしておりましたよ。ロストのライブも見に来たいなーと思っておりました。前髪はスーパーハードのデップでツンツン立たせ、黒の長Tに安全ピンをいーっぱい付け(洗濯するときはずすのが大変)、真っ赤なミニスカートに黒のニーソックスをはいてましたっす。結構今でもそういうかっこ好きですね。最近またスパッツ(今スパッツてあんまり言わないよね。でもレギンスってなんかイヤ)やニーソックスが流行っているので、はける最後の年かもしれないと思い、ニーソックスもひそかに買ってありますが、はくなよ、主婦(38歳)!そうそう、NANAでもキャラに(かっこ)で年齢を書いてましたがこれも「To-y」でやってたんですよ~。

私は「To-y」の何が好きだったかって、その絵ですかね!とにかくきれい。作者は上条淳さんですが、上条さんは男性キャラだけを描いていて、女性キャラはヨーコさんという女性が描いているんです。そういう作風も画期的でした。一人の人が書いているように見える絵、でも慣れてくると男性キャラと女性キャラの線がちがうのがわかります。とにかく女性陣がすばらしい!ファッションもオリジナリティーがあるしキャラの描き分けも上手で、みんな同じ顔でおじさんキャラにはヒゲだけくっつけたような「キャ○テ○翼」なんて足元にも及ばないですよっ。

で、ストーリーもおもしろかったしね。高校の授業中こっそり机の下にかくして読んで笑いをこらえるのに大変だったなあ。そんなことやってるから勉強できないんだっつの。

ま、そんなわけでNANAを読んでるとすっごく「To-y」だなあと思いました。パンクなところとか、デビュー前に合宿するところとか、スキャンダルで有名になるところとかね。それにTo-yはニヤ(ネコ)だけど、NANAはハチ(犬)だもんね。

でもNANA通して読んでおもしろかったよ。ていうか、早く完結したのを読みたいなー。でもまだもうちょっとかかるよね。引越しまでに最新刊は間に合わないであろう・・・・・・。

そんなこんなでなんだか初めて読むのに、いろんなことが頭によぎるなつかしいマンガでした。

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新連載開始!

皆さまご存知のとおり、別ブログにて小説を連載しておりますが、「ブラックコーヒー」の連載が無事終了してからのあたため期間を経て、このたび新しい小説「波乗り虫」の連載をスタートいたしました。

はなはだ未熟ですが、「波乗り虫」もぜひご愛読いただければと思います。

おヒマなら読んでね♪

連載小説カフェ「ロビン」 http://myhome.cururu.jp/hiroham にて

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