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今日帰るよ~

第一目的の病院を昨日全部終わらせたので(本当は月曜日までかかる予定だったけど)、今日帰ることにした。帰りはオープンのチケットで来ていたので昨日電話したらあっさり今日の夜8時14分のフライトが取れた。あんまり混んでないのかな?まあスリランカは治安がなかなか良くならないので来る人も増えないんだよね。モルディブ人はわんさか来ているけど。

ホテルのレセプションの人と話をして今日の夜帰ると言ったら、チェックアウトの時間を延ばしてくれた。本当は12時チェックアウトなんだけど、4時半までいていいと言う。ありがたいねえ~。実際、それまでどこで荷物を持って時間をつぶそうかと考えていたんだけど、部屋でゆっくりさせてもらえるのは一番うれしい。自分が今ホテルを経営していると、いちいち「そっか~こういうことってお客さんにうれしいよねえ」と実感する。今自分がホテルに泊まってしてほしいこととか、あったらありがたいこととかがよ~くわかる。たとえば、お茶。私はすっごくお茶飲みで毎日何回お茶を淹れて飲んでいるかわからないほど。だからもちろん部屋でもゆっくりお茶を飲みたいから到着した日にレセプションで湯沸しポットは借りれないか聞いてみたのだ。レセプションにはそのとき二人いたんだけど二人ともうーんと考えて、「貸し出しできるポットはないけど、お湯がほしかったらいつでも電話して言ってくれればいいわよ」と言ってくれた。そこで電話してみると、本当に巨大なティーポットになみなみとお湯を持って来てくれた。ティーバッグはもちろん自分で買ってあるのでポットに入れて飲めばいいだけ。コップも買わなかったけど、部屋にあるグラスに冷たい牛乳を先に入れてお茶を入れたらべつに割れるふうでもなし。そしてこのティーポット、いつまでもあったかいんである。すばらしい。お茶を頼めばルームサービスとして料金を取られるけど、お湯だけだからもちろん無料。どうもありがとう。やっぱりこういうのは小さいことだけどうれしい。

自分がそうなので、実はうちのハウスクローバーでも無料ティー&コーヒーサービスをやっている。うちは電話してもらって毎回届けに行くほど人手が足りてないので、ダイニングエリアに湯沸しポットとティーバッグとコーヒーパケットを置いてあって、自由に作って飲んでもらっている。マグカップもたくさん用意してある。もちろんティーバッグもコーヒーも無料。やっぱりサービス業だもんね、自分がやってもらってうれしいことを提供しないとだよね。

そんなわけであちこち観察しながらの滞在になっている。そういえばオープンしてから他の場所に泊まるって初めてだしね。レセプションのお兄さんに「シフト、何時間?」とか聞いちゃったりもしてる(笑)。彼は一瞬迷った顔をしてから小声で「9時間なんだけど、昨日の夜からずっといるよ」と教えてくれた。「だよねー?途中誰とも交代してないよね?」と聞くと「だって、今女の子は一人トレーニング中で、俺とあともう一人しかいないんだ。俺が寝ちゃったら夜やる人が誰もいないんだよね」と言う。「じゃあ一週間で一日お休みもらってる?オフデイある?」と聞くと「オフはあるよ、でもオフを取ってないんだ。だってオフ取ったら回らないから」あらららら~。人手不足はどこでも同じなのかしらん。「ほらみて、目の下のクマ、黒いでしょ」「ほんとだ。しかも目がちゃんと開いてないみたいだけど」「だって昨日の夜寝てないんだもん」どこも大変ねえ~・・・・・・。ていうか、どうでもいい電話番みたいな子はいくらでもあまっているけど、きちんと仕事ができてその場をまかせられる人が少ないってことなんだよね。うちもまったく同じです。はい。

さて、今日は昨日下見をしておいたODELでおみやげを買うだけ。子供の物は昨日買ったけど、普段お世話になっている人にも買わないとね。表に出たら今日は晴れて気持ちのいい天気。昨日は雨が降ったり止んだりで灰色の涼しい日だった。今日の空は真っ青。すぐにスリーウィーラーと呼ばれるドアなし三輪車トゥクトゥクの運転手さんが声をかけてくる。「マダム。どこ行きますか?」「ODEL」「OK、カム!」「いくら?」「400ルピー」昨日はODELまでは300で行った。今年にスリランカに三ヶ月住んでいたとき、このトゥクトゥクにさんざんぼられているのでいつも電話でタクシーを呼んで使っていた。タクシーはメーターがあるのでぼることはできない。でも、今回来てホテルから病院まで乗ったり、途中買い物で乗ったりしたらみんなおつりをくれないのだ。まあ、これももちろん前からそうなんだけど、たとえば363ルピーとかで370ルピー渡せば、おつりは絶対戻ってこない。まあ、こまかい小銭のお釣りはよしとしよう。でも、10ルピーとか20ルピーとかでも普通に戻ってこないのだ。こちらは10ルピーでもちゃんとお札。たしかに10円くらいだけど、いちいち取られているのがなんかいやな気分。大抵お金を渡すと「サンキュー」と言って運転手さんはニコニコしている。お釣りを出すそぶりは全然見せないので、私も動かずにニコニコして「お釣りは?」と聞くと「オウ、(スリランカではイエスはオウです)サンキュー」とまた笑っている。「サンキューじゃないでしょ、お釣りちょうだい」と言うとあからさまに嫌な顔をするのだ。そして自分の空っぽのお財布を広げて見せて、「お釣りないんだよね」と言う。仕事でやってるのにお釣りを用意してないってのもひどいし、多分わざと用意してないんだろうなとも思うとこれまたむかつく。で、今回は結構トゥクトゥクを使った。こっちだと値段は300とか400とちょっきりなのでこまかいのもいらない。で、長くなったけどさっきの運転手さんの話に戻る。「400なら乗らない。昨日は200で行けたから(ちょっとウソ)」とさっさと歩き始める。すると必ず後から追っかけてくる。「マダム、マダム、200はないよ、コロンボ7だよ、そんなはずはないよ」コロンボはエリアごとに番号がふってあって、今私が泊まっているホテルはコロンボ1、ODELがあるのはコロンボ7。でもそんなに遠い距離じゃないのだ。絶対400はかからない。「でも昨日行ったもん、いいよ、他探すから」となおも歩くと「じゃあ、300でどう?」ヨシ、OK。でも顔はしかめたまま、「300?そう?じゃあしょうがないな・・・乗ってあげてもいいけど」と乗る。これでどこでも300以上払わずに乗った。さすがに病院はちょっと遠いので400で乗ったけどね。帰りなんて、シティ・ホテルだと言ったら500と言う人がついてきたので思いっきり「はあ~?!いい、いい!」と追い払ったら「だってペターを回らなきゃならないし」と言う。こっちの人は知らないと思っていかにももっともらしく色んなことを言うのだ。そうするとそうかな?という気にさせられてしまうんである。でもその手にはもう乗らない。地球の歩き方で(笑)ちゃんと地図も頭に入れてあるし、地名は住んでたときに大体覚えたし。「ペター?!ここからじゃ方向違うじゃない。シティ・ホテルはフォートでしょ。コロンボ1だよ、この道まっすぐ行ってビーチ沿いに出たら右に曲がればいいの。確かにペターはフォートの隣だけどここからペターに遠回りすることないでしょ」「いや、だってほら、あれ、道路が封鎖されてるし」「今されてないよ」「一方通行だし(確かにコロンボには大きな通りで一方通行で回らなきゃならないところがある)」、「こっち側からフォートに向かって一方通行でしょ。困るのは逆に走るときじゃない」「わかったよわかったよ」「じゃあ200ね」「いくらなんでも200は無理だよ。せめて300で」「300?ふん、じゃあまあ、いいよ」という具合に、今回は一度もぼられずにすんだ。だいぶコロンボに慣れてきたのかも。って、だからちっともコロンボに慣れたいとか思ってないんだけどー!

後は時間までゆっくりして空港に向かうだけ。またたっぷり本が読めるね。

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スリランカは今雨季なんだって

さて、コロンボ二日目。

昨日の検査の結果は夕方に出るとのことなので病院は午後からゆっくり行くことにした。
午前中、ロビちゃんから電話がかかってきて子供たちが泣いてると言うので電話で子供たちとしゃべった。でも泣いてて何をしゃべってんだか全然わかんない。「おみやげ買ってくからね。何がいい?」と聞くと娘は「お洋服」息子は「くるま」。まーなんてわかりやすいのかしら。別に「男の子らしく!女の子らしく!」とか育てているわけでも何でもないのに、興味の対象がとてもはっきり分かれている。性別って不思議だねえ。

では病院に行く前に買い物をすませよう、とODELというコロンボでは有名な外国人ご用達のショッピングモールへ出かけた。
中はクリスマスの飾りつけでキラキラ。そうか~ここはクリスマスがあるのよね。キリスト教徒がいるからね。流れている音楽もクリスマスソング、なんだかこういう雰囲気がなつかしい~。マーレにはないからね。異教の祝い事であるクリスマスはモルディブでは違法でございます。でも「クリスマスやりたーい!」といつも言っている娘にちょっと飾りを買っていってあげたいなーなんて思う。だってキレイだしね。

息子にはトラックのおもちゃで、タイヤや荷台のところをおもちゃのペンチやレンチでくるくるネジを回せるセットを買った。以前お友達の家でプラスティックの工具セットのおもちゃでず~~~っと遊んでいたので、何かこういう工具のおもちゃで実際に回せるやつを探していたのだ。しかもくるくるできる部品がトラックにくっついているので「くるま」というリクエストも満たしている。そして安い(笑)。よしよしとそれを買い物カゴに入れて次は娘のお洋服。きっとひらひらのワンピースがいいだろうなあとワンピースがたくさんぶら下がっている場所でひとしきり眺めるも・・・これが難しい。娘は前まではピンク大好きだったのだけど、今はピンクの時代が終わったらしくて水色や薄い紫なんだそうだ。この薄い紫、藤色は日本ではあんまり子供の服にみかけないけど、外国では女の子の服にはとてもよく使われていて、かわいいので私も大好きなんである。カナダやアメリカでも小さい女の子の服やグッズは藤色のものがとても多い。どうして日本ではあんまりないんだろうね。

一着、いいなと思うものがあったので手に取ってじーーーっと見ていたんだけど、娘にはちょっと小さいかなー・・・という気がする。娘は最近また背がというか足が伸びて、細いんだけど5歳の子の中では長身なんである。短いかな・・・でもこれが一番気に入りそうだな・・・と悩んでいると横でやっぱりうなっていた女性が「それちょっと見せてもらってもいい?」と聞いてきた。私が持っていた服は売り場に二枚しかないのである。彼女も一枚同じのを持っていて私の持っているのと比べて「あら、同じ大きさなのね」とがっかり。そう、私も大きいサイズはないかと思っていたんだけど、売り場にある二枚とも同じサイズなのだ。そして微妙にうちの娘には小さそう。
「あなたも自分の娘に買うの?」と聞いてみた。
「そうなのよ。あなたもそうなのね。これ、いいんだけど大きいかしら・・・」
「うちは小さそうなのよね」
「えっ何歳なの?」
「5歳。そっちは?」
「2歳」
「2歳かあ~・・・それじゃあちょっと大きいよねえ」
「5歳には小さいわよね」
ふ~むむむ。私も彼女も悩む。他にかわいいのがあればいいんだけど、色や柄といい、これが一番うちの娘が気に入りそうなのだ。ふと見ると、ちょうどうちの子と同じくらいの女の子がすぐそばでペロペロキャンディーをなめていて、母親らしき人が服を見ている。「ちょっとお洋服当てて見させてもらっていい?うちの娘と同じくらいなの」とお母さんに聞くと「あら、どうぞ」と笑顔で言ってくれた。お母さんにもその子にも「ありがとね」と言ってワンピースを当てさせてもらった。彼女も笑顔で「ユーアーウェルカム」と言ってくれた。実際に子供に当てて見ると、そんなに小さくもなさそうな感じ。これを買うことにした。ずっと前にうちの娘もジャスコで「ちょっと当てさせてもらっていい?」と聞かれたことがあったけど、わかるなあ~。子供連れてなくて子供の買い物って難しいよね。

子供たちのおみやげも無事に買って夕方ゆっくり病院へ。レントゲン写真のレポートをもらい、血液検査の結果表をもらい、さて診察室へと向かうと「今日は土曜日だから先生はもう帰りましたよ」と言うではないか。えっ?だってレポートが夕方の5時にできあがるって言うから夕方に来てんのにそりゃないでしょう~。「月曜日に来ますよ」って、私明日には帰りたいんですけど。だって、ほんとにぜんそくならわざわざここじゃなくてもいいんだから~。仕方ないのでテーブルと椅子があるところに座って自分でじっくり結果表を見てみることにした。血液検査の結果は左側に成分の名前、そして真ん中に私の数値、右側には正常の数値範囲が書いてある。なんだ、わかりやすいじゃん。順番に上からひとつずつ比べてみると、私の成分数値はみんな正常範囲にきちんとおさまっている。すばらしい。範囲より低いものも高いものもひとつもない。問題ないね、と二枚目を見て最後のひとつになって、ん?と思った。Eosinophiliと書いてあって正常範囲は1~6%、私は10%になっている。これだけはみ出てるね・・・。う~んやっぱり説明がほしい。Eosinophiliってナンだ?

そこでまたカウンターに戻ってさっきのお姉さんに「明日はモルディブに帰るので月曜まで待てません。だれか先生とお話できませんか」と困ってみせると、「じゃあ、救急の先生に診てもらえば」と言う。いいの?そんなことして?でもそう言うんだからいいや、と救急のセクションにに行って説明するとそれならと一人の先生のところまで案内してくれた。先生はレセプションカウンターで忙しそうに書類を書いていたけど、それを書いてから笑顔で私のレントゲンと検査結果を見てくれた。
「レントゲンはなんの問題もないね。まったく普通だよ。で、血液ね・・・ふんふん、問題なし。先生は昨日なんて言ったの?」
「ぜんそくだって」
「だろうね」
「なんで?」
「レントゲンでこのへんのほら、ちょっとだけだからわかりにくいけど、このすこ~し白っぽくなってるのがアレルギーだよ」
「ははあ~・・・」そんなこと言われて見ても全然どれがそうなんだかわからない。「じゃあこのEosinophiliってなんですか?これだけ数値が・・・」
「そうそう、だからこれだよ。これが上がってるってことはアレルギー反応が出てるってこと」
「そうなんだー!これってアレルギー反応の数値なんですね!」
「そう、だから何の問題もなし。ぜんそく。それだけだよ」
や、普通の人だったらぜんそくで十分問題なんだろうけど、私にとっちゃぜんそくはまさに問題なし。大体他の血液の成分が全部きちんと正常範囲なんだから大したもんだ(笑)。貧血気味ですらない。ダイレクト・ビリルビンってのだけが正常が0.1~0.4で、私の数値が0.1だから正常ギリギリだけど、ダイレクト・ビリルビンってのがなんなのかがわかんないし一応は範囲内だからまあいいでしょう~。健康じゃん!

てなわけで、記念のレントゲン写真をもらってきた。そういえば、外国ってレントゲン写真くれるよねえ。日本で前に「これください」って言ったら「ダメに決まってんでしょ」って言われたけど・・・(笑)。しみじみ写真を見てみる。・・・背骨、ゆがんでるねえ・・・。背骨のゆがみってどうしたらいいのかな?ストレッチ?もう遅い?次は骨のゆがみをなんとかするかね~。

そして夜ごはんにはホテルのレストランで巨大なポークチョップステーキを食べた。久しぶりの豚肉、おいしー!!!ほんとに、何しに来たんでしょう???

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またもやコロンボ!

突然だけど、今スリランカのコロンボにいる。しかも一人。

実は二~三ヶ月前からよく咳が出るようになった。それも、なーんにも他に具合も悪くなくて、誰かと話しているときとかに突然むせて咳きこんでしまうんである。これは実は私のおばあちゃんがそうなのだ。おばあちゃんはいつも「のどがひきつれてねえ」と言っていて、しょっちゅうむせこんでいた。声も出ないし涙は出るし、すっごく辛い。で、おばあちゃんはそれが毎日一日何度もしょっちゅうで、むせこむとそばにいる誰かがお水をくんできておばあちゃんに少し飲ませていた。ちょっとお水を飲んでのどを潤すと楽になるのだ。日本の実家に住んでいた頃おばあちゃんとも最初の二年間くらい一緒に住んでいたので、ロビちゃんも何度もおばあちゃんにお水をくんであげていた。

なので、私が突然咳こんでむせると私もロビちゃんも「おばあちゃんみたいだね・・・」と最初思っていた。なーんでこんな変なところばっかり遺伝子って同じなんだろう・・・とまじめに思っていた。ところがこれが長い。ち~っとも治らない。他はまったく平気なので余計に「しっかり治すぞ!」という決意などもないまま、ダラダラときてしまった。途中、あんまりひどいときはマーレの病院にも行き、一応処方してくれた抗生物質を飲んだけど、これまた効いてるんだかいないんだか手ごたえもない。

そんなこんなで三ヶ月くらい経ったはいいものの(や、よくないんだけど)、毎日ずーっと咳ばっかりしてる日々でとうとう嫌になった。マーレの病院は一箇所三回、違う病院一回、計四回行った。薬をもらって飲んでも寝起きが一番ひどく、朝は咳ばっかり。あんまり咳きこんでいるのでロビちゃんもさすがに見るに見かねたらしい。突然言った。「ヒロコ、今お姉さんたちいて子供たちもみんなと遊べて気がまぎれるから、スリランカの病院行っておいで」「え!?だってゲストハウスすごい忙しいのに?」「いいから。それ全然治らないよ」そう言うとロビちゃんはちょうどそのときやってきたお兄さんに一言!「スリランカ航空電話してチケット取って!」「合点承知!」とお兄さんは言わないが(笑)、その場で電話して出て行き、その日の夜の便のチケットを手に戻ってきた。ありゃりゃ~。

ま、でもいいか、とちょっと私も思った。確かに長すぎる。いい加減私も咳してるのに飽き飽きした。腹筋が疲れるんだよ、咳。その日の夜9時15分出発の便で、帰りはオープン。「きっちり全部検査してもらってきて」とのロビちゃんの指令を受け観念してコロンボに行くことにした。

さて、お姉さんと義姉さんにもそのことを話し、留守の間子供たちと遊んでやってと頼んだら、私がマーレに戻ってくるまで島には帰らないで家のことやるから安心して行っておいでと言ってくれた。確かに、お姉さんたちがいる今だからこそ行けるいいチャンスかもしれない。ロビちゃん一人じゃあ、とても二人の子供を置いてホテル業務を全部まかせてなんて行けないけど、お姉さんたちがいればたとえ栄養的に偏りはあるにせよ、ごはんだって炊いて出してくれる。少なくとも先週の忙しかった金曜日みたいに子供のお昼ごはんを忘れることもない(笑)。えー!?子供にごはん食べさせるの忘れたの?って声が聞こえそうだけど、全員忘れたんですよ~実は。すべてのルームサービスを出し終えてお昼ご飯を食べてなかったことに気が付いたのは2時半すぎだったのだ。子供たちは「おなかすいたよ~」と言って勝手に冷蔵庫からチョコを出して食べていて、それを見て自分もがっくりしたのだった・・・。お姉さんたちのこと言えないよねえ~・・・。

そんなわけで、娘にもきちんと話して説明し、一番小さいコロコロスーツケースに簡単に着替えを詰めて空港に出発!娘は最初ちょっと泣いていたけど、さっさといとこのお姉ちゃんたちと遊びに行ってしまった・・・。子供なんてそんなもんよね。でも大泣きされるよりよっぽど気が楽!息子には話さずにこっそり出ることに。微妙な年齢差で理解度が全然違うから対処法も変えないとである。さて、あんまり好きじゃないけどまたスリランカに行くか。行きたいなあと思っているところにはなかなか行けないのに、行きたくないと思っているところに縁があるのが人生かなと思うくらい、コロンボは何度も来ている。ほんとになんでだか。

空港で搭乗手続きをして飛行機に乗り込み、あ、ここだと自分のシートを見つけたら、隣の男の人がかなりキモイ・・・。げんなり。ざっと周りを見回してみても、どう見てもこのあたりで一番キモイ。うーん・・・なんでよりによって大当たりの席かしらん・・・。まあ仕方ないのでもちろん座る。久しぶりに、と思って本を持ってきたのでそうだ、本を読んでればいいや、と早速本を読み始める。本なんてここしばらくず~っと読む時間がない。なーんて久しぶりだろう~!大体、一人でいるってことがもうないもんね。あ~~~なんかぼーっとすることさえ最近なかったんだなあ~なんてことに気が付いたりする。そしてうれしく本を読み始めるとなにやら隣の人が落ち着かなそうに私の顔を横から眺め、私の本を眺めている。いいから静かにしてなよ、と心の中で思っていたのもつかの間、「ウェアー・アー・ユー・フロム?」と声をかけてきた。・・・だからやなんだよな~・・・。私は何ヶ月ぶりかの一人をゆっくり本を読んで楽しみたいのに。しかもその人の英語はものすっごくなまっていて何を言ってるのかかなり注意して聞かないとわからない。インド人かな?と思う。インド人は好奇心旺盛で人のことをほうっておけないし。「Japan」と短く答えてまた本を読む。「ス$#%*&?」何か聞いてくる。でもなんだか全然聞き取れない。「?」眉にしわをよせると何度も彼が繰り返してやーーーっとわかった。「Student?」と聞いていたのだ。ひどい発音だし、正直たまげた。どうやって見たら私が学生に見えるんだ。「No」と言うと「コロンボに行くの?どこに行くの?」と色々質問してくる。しかも顔が近くて本当に気持ち悪い。私はあからさまに「ほっといてくれないかな」という嫌な顔と嫌な話し方をしているので、まわりに座っている他の観光客は全員状況を察知していてみんな「あーあ」という顔をして、でも耳はこっちに向いている。いくらなんでもこんな会話を乗ってる一時間半のフライトの間ずっと続けているのは嫌なので、私はすっくと立ち上がって上に入れてあった荷物を取って後ろの方にずんずん歩いて行ってフライトアテンダントに空いてる席に移ってもいい?と聞くと彼女もどこでもどうぞ、と言ってくれたのでかなり離れて隣に誰もいない席を確保した。座ったらさっきとは大違いで落ち着いて楽しく本が読めた。

コロンボはマーレから近いので二時間もあれば着いてしまう。そのまま空港からタクシーで地球の歩き方に載っていたひとつのホテルに向かった。すごい!日本の旅行者だね!チケットを取ったときにロビちゃんがそのホテルに電話してもう予約を取ってくれていたのであとは行くだけ。ところが空港の正規のタクシーに乗ったのに、走り始めてすぐに「ガソリン入れていくね」とガソリンスタンドに入って「1000ルピーちょうだい」と言われて頭にきた。そうそう、こういう国だったっけ。確かに見ると、メーターはEに近い。ガソリンないじゃん。ていうか、それも料金にちゃんと含んでの上のことなんじゃないの?なんで私がガソリン代払うわけ?と私が怒ると「仕方ないよ、今はガソリン高いんだから」と言う。質問の答えになってない。でも彼は車を停めてじっとしてるだけ。私がお金を払ってガソリンを入れないと走らない。すっごい文句を言いつつ1000ルピー払い、1000ルピー分でどのくらい入るのかメーターを気をつけて見ていると・・・なんと、入れて走り始めても針は動かないのだ。こうやってガソリン代をもらうためにEに近いところで壊してあるんだ、絶対間違いない!もうほんとにこの国の人たちのこういうところが大嫌いでここに来たくないんだよー!まったく!

でもまあ夜中1時半くらいだけど無事にホテルに着いた。「ガソリン代払ったんだからこれでいいでしょ」と実際の料金よりすこし少なく渡してさっさとホテルに入った。運転手はうん、じゃあまあいいよと何も言わずに帰って行った。当たり前だ!絶対1000ルピー分も走ってないはずだからね。

このホテルは地球の歩き方にビジネスホテルとして載っていて、場所が結構いいし、写真が良かった。コロンボヒルトンのすぐわきの、ワールド・トレード・センターの目の前にある。このワールド・トレード・センターは昔、無差別テログループが(コロンボではしょっちゅうタミール解放の虎という武装集団が爆発テロを起こしている)、狙おうとしてまちがえて一本となりの道に入っちゃって、しょうがないからそのまま爆弾投げちゃえ、と裏にあるホテルを爆破しちゃって爆破されずにすんだという建物なんである。私たちがリゾートで働いていた頃の事件で、ちょうどその「まちがえて爆破されちゃったホテル」に友達のだんなさんが勤めていて、「俺、爆風でここからあそこまで吹き飛んだよ」とその距離を自分で走って教えてくれたのでとてもよく覚えている。そのおかげもあり、今一番重要セキュリティ地区になっていて、私が予約を入れたホテルはなんとセキュリティガードの中にあるのだ。なので、ロビちゃんが地図を見て「ここなら安全だから」と安心して予約を取ったのだ。ガードの入り口にはマシンガンを抱えた軍人さんがいっぱい立っていてその中に入るとすごーく守られてるって感じ?

コロンボ・シティ・ホテルというホテルで、外から見るとまったくホテルとわからない。レセプションは三階で下は入り口だけ。なんだかうちと似てるじゃない?その辺も親近感がわく。それに大きなゴージャスホテルと違ってビジネスホテルというところもいいし、部屋に入ったら意外と(って失礼だけど)ちゃんとしていてとってもいい!なのに値段は一泊US35ドルと安い!いやあ、やっぱりスリランカは安いねえ。っていうか、マーレがなんでも高いんだよねえ。そして、久しぶりにゆっくり一人で寝た。しかも、静か。いかに今、騒がしくて忙しい生活かがあらためてわかるねえ。

朝、自然に目が覚めたのでホテルで朝ごはんを食べて、そのままタクシーを呼んでもらって病院へ行った。アポロホスピタルという大きくて有名な病院である。私はその名前からアメリカ系の病院かな?と思っていたらインドの病院なんだそうだ。「アポロって名前でアメリカって単純だねえ」とコロンボ空港で偶然会ったモルディブ人の知り合いがオオウケしていた。話しを聞くと、彼も病院へ行くためにコロンボに来たと言っていた。モルディブ人はマーレで治らないとみんなコロンボかインドに行く。だからここで病院に行くとモルディブ人がわんさかいるのだ。「アポロはもともとギリシャ語だよ」とその友人が言ったのでビックリした。モルディブ人にはめずらしい博識な人だ。

案の定、アポロホスピタルに行って待合室のベンチに座っているとあちこちからディベヒ語が聞こえてくる。全然わからないシンハラの中で、ディベヒ語の知ってる単語は耳に飛び込んでくるから不思議。もう私にもディベヒは耳なれた言葉になったのだねえ。

しばらく待ってから呼ばれて診察室へ。中で女医さんがにこにこして待っていた。私はもう三ヶ月くらい咳が止まらないこと、マーレの病院で抗生物質をもらって飲んだけど何も変わらないことなんかを話した。彼女は黙って話を聞いて、それから聴診器でかなり長い間私の呼吸音を聞き、わきの下のリンパ線のところをぐりぐりと触診し、血圧を測り、脈拍を測った。ここですごいことに気がついた。このどれもマーレの医者はひとりとしてひとつもやってないのだ!マーレの医者は(大きい病院に行って三回とも違う医者だった)、ただ患者である私の話を聞いただけで、他には何も調べず三人とも抗生物質を処方したのだ。それじゃあ医者じゃなくて推察屋だよ。その女医さんはラボの方に行ってレントゲンと血液検査とタンを取ってそれを成分調査に提出するように私に言って、「レントゲン写真を持って戻ってきてね」と言った。そうだよ、こうこなくちゃ。ちゃんと調べないとどこの何が悪いのかすらわからないじゃんねえ。

ということで全部の検査を終えてレントゲン写真を持ってまた彼女の診察室へ。先生は静か~にレントゲンを眺めたあと、「ぜんそくじゃないかしら?」と言った。ぜんそく~ぅ?!確かに私はぜんそく持ちだ。しかも三歳からなのでぜんそくじゃない自分を覚えてないくらい、自分はぜんそくでいることがすっかり普通になっている。でも結婚してしばらくしてから全然発作も出なくなってこの6~7年、ぜんそくとは無縁の生活をしていたのだ。ていうか、ぜんそくがわからなかったのか?マーレの医者。そして私はぜんそくだということを聞くためにはるばるここまでやってきたの?なんか自分で馬鹿らしくなった。どうも、昔のいつもの自分のぜんそく発作とはちょっと違っていたしあまりに長く(だって6~7年だよ?!)発作が出ていなかったので、全然考えつかなかったのだ。

・・・あら~・・・そうですか・・・。確かに私、ぜんそく持ちです・・・はい。

そう言って先生と見つめ合ってしまった。先生は、ね?そうでしょ?みたいにすご~くやさしくニコニコしている。まあ確かに他の変な病気を言われるよりは、ぜんそくなら一番自分が良く知ってる長い付き合いだから対処の仕方もわかる。ていうか、じゃあマーレの医者が「これ副作用があるけど」と言って処方していた抗生物質は副作用どころか本作用もまったく必要なかったんじゃないか!なのにあんな高い値段取りやがってまったくも~~~である。

確かに、ホテルをオープンしてから一日も休みがなく(もちろん子育てにも休みはないのだけど)、疲れがたまってたんだなあと思った。しかもそこに追い討ちでパソコンが使えなくなり、書いてることでストレス発散してる私にはもっとも苦痛に!つまりストレスもいっぱい、疲れもいっぱいだったわけなのだ。

日本で仕事をしたいた頃は自分でいつも「無理をしない」ように調整してやっていた。もちろん、モーターショウみたいにどうしても一個の仕事で開期が長くて結果的に「無理」をしてしまいぜんそくが出たというのがあり、それでなおさら無理をしないように仕事をつめすぎないようにしていたけど、さすがに今回は無理も何も自分たちでやるしかないからやっぱりがんばっちゃってたのだ。きっとこのコロンボ滞在はちょっと休め、ってことなんだろう。でも、ロビちゃんも半端ないくらい疲れている。目の下なんてクマができて真っ黒だし、目なんて落ち窪んで半分くらいのサイズになってる。ロビちゃんもくたくたなのに私だけ休むのも申し訳ない気がする。早くもうちょっと人を雇って楽できるように基盤を固めないとだね。

明日は検査の結果が夕方にならないと出ないから、あさってまではここにいることになった。まあ、ロビちゃんには申し訳ないけど、ちょっとゆっくり本でも読んで休養することにするか。しかも、一人になって怒鳴らなくていいので(普段は子供たちにコラー!とか、仕事でも黙っているということがない)、それだけでなんかのどが楽なんである。咳もそんなに出ないし。全然自分が具合が悪いとは感じられない。なんかちょっとした休暇気分?でもロビちゃんはきっと今大変だよね~・・・。ごめんね~ロビちゃん~。なんて思いつつ、ゴロゴロしてるのでした。

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巻き込まれちゃったのね

つい先日、ロビちゃんが言った。
「そうそう、ナシードが泊まりに来るよ」
「どのナシード?」
そう、ここでは名前のバリエーションが少なくて本当にわかんないのだ。フセインなんて親戚に二人いていつも私はごちゃごちゃになって超まぎらわしい。
「ヒルトンのナシードだよ」
「あ、トランスファーの?」
そう、ヒルトン時代に一緒に働いていた水上飛行機の到着&出発をすべて取り仕切っているトランスファー担当のナシードだった。
「奥さんと一緒に来るって」
「へえ。あそこもいつもラブラブだねえ」

ナシードの奥さんはフィリピン人で、いっつも仲良しなんである。奥さんはキリスト教徒だったけど結婚してもちろんイスラム教徒になり、もともと敬虔な信者だったのでその対象が変わっても問題なく熱心にイスラム教を勉強し毎日ブルガ(頭に巻くスカーフ)をかぶっている。ディベヒ語もペラペラだ。何度もヒルトンにも遊びに来ていたので私もよく知っている。今年スリランカに三ヶ月住んでいたときもショッピングモールでばったり会ったら、二人で正装してラブラブ記念写真を撮っていた。
「奥さんの誕生日なんだってさ」
「すごいねえ、ほんとに仲良しだねえ」
聞いた話ではフライトアテンダントをしていた奥さんにナシードが猛アタックをしたんだそうで、結婚してもずーっと大事にしてるって感じ。でも私たちが働いていた頃にもうすでに子供がいたから長いよね。仲良しなのは良いことだ。
「誕生日っていつなの?」
「うちに着いて次の日らしいよ」
「じゃあ何かお部屋に準備しようか。二人で食べられるちょっとしたケーキかなんか。みんな甘いもの好きだしお花よりいいよね、きっと」
「それともフルーツバスケット置こうか」
「いやあ、フルーツバスケットは普通にデラックスのお客さんにも出してるから、やっぱり誕生日ならケーキがいいんじゃない?」
「そうだね」
なんて話をして、私は夜ごはんを食べた後だったけど、急いで外にケーキを買いに走った。

そして子供たちを寝かせてからもう一回起きだして制服のポロシャツを着た。私は子供を寝かせてから、いつもレセプションに座るナイトシフトなんである。そうするとその日のお会計をゆっくりできるからね。

「到着は夜中だよ」とロビちゃんが言うので、じゃあそれまでのんびりその日のまとめでもしてようか~・・・なんて思っていたら、テレビを見ていたロビちゃんが「あっ!!!」と叫んだ。
「なになに、どうしたの?!」
「これだよ・・・」ロビちゃんがニュースを指差す。ニュースではタイのバンコク空港がデモ隊に占拠されているブレイキング・ニュースが流れている。
「あの二人、今日バンコクから来るって言ってたよ・・・これじゃあ来れないよ・・・」
「ええーっ!?フィリピンじゃないの?!」
「ううん、買い物しにバンコクに行ってそれから来るって言ってた」
「あちゃ~~~・・・・・・」
案の定、その日二人は現れず・・・。

次の日、ナシードから「どうしてもバンコクを出られなかった、ほんとにごめん」と電話がかかってきた。でもごめんって、あれは彼らのせいじゃないもんねえ。ニュース見てたけど、あれじゃあ絶対無理だって。彼が謝ることじゃないよ~せっかくお誕生日だったのにかわいそうに。やっぱりニュースもちゃんと見ていないとだね。こうやって世界のどこかのニュースでも自分たちと何かでつながっているんだねえ。

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家族だよ!全員じゃないけど大集合!

ロビちゃんの実家の島から、ロビちゃんの家族がマーレにやってきた。

うちわけはというと、ロビちゃんのお姉さん、お姉さんの息子(15歳、14歳、3歳)、お兄さんの奥さん、お兄さんの娘(16歳?、9歳)、ロビちゃんの下から二番目の弟、の総勢8人である。もちろん、私たちの住んでるフロアには入りきらないので、上の客室を二部屋、用意した。満室じゃなくてよかったよ。

お兄さんはマーレに住んでマーレで働いていていつもうちに来るし、ロビちゃんのすぐ下の弟は毎日ホテルを手伝ってくれてるし、近くのリゾートで働いている一番下の弟も一日オフの日にちょっと顔を出しに来たりして、家族大集合!!なんか、モノスゴイ。たった一人だけロビちゃんの妹がお姉さんの娘と一緒に島の留守を預かっている。やっぱりいくら仮設住宅でも(津波のあとからまだ仮設住宅のまま住んでいる。もう4~5年だよね?!)誰もいなくなるというのはできないと言って残ったのだそうだ。

もう、なんだか家の中は人でいっぱい。そして、子供が多すぎ(笑)。全員うちの子供たちのいとこになるわけだけど、7人も子供がいるとすっげーうるさい!家の中なんてめっちゃくちゃである。

さて、なんでみんなが島からやってきたかというと、お姉さんの一番下の息子、アバーンをマーレの病院に診せるためなのだ。アバーンはうちの息子と同じ歳で今三歳。なんでも、島の診療所のドクターに「たんぱく質が足りないから大きくならない」と言われたのだそうだ。や、そうやって断言しちゃうのも問題があると思うんだけど、大きくならないのはただ単純にたんぱく質だけの問題か?という素朴な疑問もわく。そしてもちろんそんなことを言われたら母親としては心配で心配で、マーレは都会だから(!)好きじゃないと言ってちっともマーレに来ようとしない保守的なお姉さんが息子を抱えてスピードボートに飛び乗ってやって来たというわけなのだ。

まあ、こうならなくても私には何となくどういう状況なのかはわかっている。たぶん、栄養失調なのだ。モルディブでは昔からお米や、粉を焼いて作ったロシと呼ばれる薄いチャパティみたいなものを魚やココナッツと一緒に食べて生活してきた。そして豊かになると、日本製のエンジンを積んだ船で輸送手段ができたくさんのものを輸入できるようになった。でも輸入できるものは暑い気候と距離的な問題で日持ちのするものが多く、みんなが喜ぶお菓子が大人気。本当は新鮮な野菜とかが必要なんだけど、野菜は傷みが早いし食べる習慣がもともとないので仕入れてもみんなが買わず、余計に腐っていく。そこで、また仕入れる数も減る。飛ぶように売れるチョコレートやクッキーは種類も豊富にどんどん仕入れる、という悪循環で食生活がひどいのだ。そして親の世代の人たちに教育がないので、栄養学のことはみんなまったく何も知らない。物がない時代に主食と魚と島の果物を食べていた頃と違って、魚を食べなくてもチョコレートを食べるようになってしまい、どんどん健康を害しているのだ。そして、これはマーレから遠い島に限らずモルディブ全体の問題なのだ。マーレでは最近野菜の種類も増えたけど、買って食べているのはほとんど外国人で食べ方を知らないモルディブ人はやはり同じ食生活を送っている。

ちなみにお姉さんがアバーンは全然ごはんを食べないから問題だと言うので、普段何をあげているのか聞いてみると、なんと粉ミルクにお砂糖をた~~~っぷり入れて毎日せっせと飲ませているんである。お姉さんが言うにはごはんを食べないからミルクくらい飲ませないと、ということなんだけど、ちょっと待って、である。その粉ミルクというのは、日本でいういわゆる赤ちゃんのミルクでもなければ、3歳児までが飲むフォローアップミルクでもない。ただの、ふつーの粉にした牛乳なんである。つまりニドとかクリープみたいなもん?大体生の牛乳だけでももう三歳児には栄養不足で、「乳幼児の完全食品として与えないでください」と書いてあるのだ。もちろんこっちで手に入る粉のミルク缶にも、輸入品だから英語でちゃんと書いてある。でもお姉さんは英語がわからないし、第一「完全食品ではない」という意味がわからない。だって、栄養とはどんなものか、という基礎知識がないのだ。

しか~も、である。それにたっぷりと砂糖を入れてるんである。糖分を取ったらそれだけで満腹感が得られるのでごはんを食べれないのは当たり前である。しかも砂糖は取りすぎると習慣的に欲しくなるので、どんどん甘いものを食べずにはいられなくなる。アバーンももちろん、もう濃い甘い味にすっかり慣れて砂糖を入れてない牛乳は飲めないのだ。全部悪循環に陥っている。まだ息子とアバーンが一歳過ぎの頃、一度島に遊びに行ったことがあり、そのときもお姉さんがアバーンにごはんをあげているところを見てたまげたことがある。こちらで売っているヨーグルトもどきを食べさせていたんだけど、なぜもどきかと言うと、このヨーグルトは冷蔵しなくて平気なやつで(だからこそローカルの島にまで運べるのだけど)、たぶん日本の成分調整表示からいうと「ヨーグルト」とは記載できないものだと思う。つまりはクリーム菓子?結構大きな容器のそのヨーグルトもどきをヨーグルトだから体に良いと言って、お姉さんは丸々一個全部スプーンでアバーンの口に流しこみ、これで一回の離乳食終了!すっげーーー驚いた!だってあれ、脂と砂糖だよ?!んで、あれが離乳食だよ?!お、恐ろしい・・・。でも私はそのときあんまりでしゃばったことを言うのも嫌で(やっぱりほら、ヨメだし)、なんにも言えずにいたんだけど今のアバーンを見たらやっぱりあの時少しでも言っておくべきだったのか・・・?とちょっと今回思ったりした。モルディブ人は小柄な人が多いので子供も小さい子が多く、アバーンは確かに小さくてガリガリ。うちの息子はモルディブにいるとでっかいけど、それにしても比べるととても同じ歳には見えないのだ。

ゆっくりゆっくりと自分の子供を栄養失調にしてるんだよね・・・。なんと教育の大事なことか。今回は上の客室といえどもうちに泊まっていてほとんどみんな私たちの階に集まっているので、これを機会に、と私が言ったことをロビちゃんがディベヒ語に訳しながらお姉さんとお兄さんの奥さんに話しをした。甘いものを与えすぎたらきちんとした食事は入らないこと、もっともっと甘いものを欲しがるようになってしまうこと、魚は良質たんぱく質なんだから、もっと魚や野菜やちゃんとした食事を取るよう考えてみること、他にも子供だから卵が食べやすいんじゃないか、などなどを説明した。するとお姉さんとお兄さんの奥さんは話しを聞いた後、黙って上の部屋に戻ってしまった。そう、自分が生まれ育った島の中だけ、という全員顔見知りの社会で生きている人がほとんどのモルディブ人はものすごく打たれ弱く、こうやって何か言われただけでショックで逃げちゃったんである。親も子供をあまり厳しく叱ったりしないため、モルディブ人はめちゃくちゃ打たれ弱い。問題に直面すると解決できる人は少なく、大抵は逃げてやりすごしちゃうんである。その国民性は重々承知していたのでかなり柔らかめに言ったつもりだったんだけど、やっぱりお姉さんたちは半日部屋にこもってしまった。しかも外国人に言われて自分たちの無知さをとても恥ずかしく思っているんである。恥ずかしい気持ちは巨大なんだけど、どういう知識を自分たちが持っていないのかすらわかっていないのでもうただやみくもに恥ずかしいだけなんである。これで「よし、じゃあ勉強するぞ!」という風にはなれないのだ。だって、勉強すれば誰でも得られる知識なんだ、ということすら理解できてないのである。外国人だから自然にそういうことを知っていると思い込んでいるのである。それにはここの環境も手伝っていると思う。ディベヒ語を使っているのはモルディブ人だけなので数が圧倒的に少ない。そのため、ディベヒ語の本というのもかなり少ない。学校の道徳用に子供向けに書かれているものと新聞くらいである。だから、本を読むということは外国語を読むということであり、本を読めば自分で知識を得て勉強することができる、という方法があることを知らないのだ。本を読むのは外国人やドクターなんかの頭のいい人のできることで自分とは別世界と思ってしまっている。

アバーンは三歳なのに頭が痛いと言い、背中も猫背で丸く目がとろんとしていて子供なのに全然覇気がない。無邪気に遊ぶけど、うちの子供たちのはじけ方とはまるで違って、力のなさが目立つ。なんか・・・同じ歳の息子を持つ母としては泣けてくる。で、マーレの病院に連れて行ったはいいけど、また色々薬を・・・。だーかーら、薬じゃなくて親への食育をだね・・・とか思っても、マーレの医者だってそんなのわかんないよねえ・・・。日本の海外協力青年隊の方たちがあちこちのローカルの島に飛んでがんばってくださっていると聞いたけど、大変だろうなあ・・・と今さらながらしみじみ痛感した。

もうひとつ、うちに来て何度か一緒にごはんを食べて気が付いたのは、もう食べないから食べないからと言って無理やり口に押し込もうとしてること。上のお兄ちゃんが後ろからまさに羽交い絞めにして首をねじり上げてお母さんが口をこじあけて食べさせようと奮闘していて、アバーンにとってはもうすっかり苦痛の儀式になっちゃってるんである。おかげでアバーンは必死で逃げる。それじゃあ食べるわけないよねえ・・・。

まず、まったく甘くないものは突然無理だろうと思い、甘いコーンフレークスがちょうどあったのでそれに牛乳をかけて私がアバーンの隣に座って食べてみな、とうながしてみた。アバーンは自分であまり食べてないから(いつも食べさせられてるので)どっちの手でスプーンを持っていいのかもわからず(!)、でもまず好きにやらせてみようと思って見てるだけにしてたら左手でスプーンを持って自分でひとくち食べた。甘くておいしかったらしく、次も、次も、と結構食べている。「どっちの手が食べやすいの?」と聞いてみると、ちょっと自分で考えてから今度は右手に持って食べてみて、それから右手で食べ続けた。「おいしい?」と聞くとうん、とうなずく。ちゃんと食べるじゃん、しかも自分で。結局一人でボウルに入れたコーンフレークスを全部食べたので、お姉さんが「全部食べた・・・」とビックリ。そこで、またやわらかく言ってみた。まず、おいしいものを食べることは楽しいことだと思わせること(実際に楽しいよね)、それには「食べて食べて早く早く(モルディブ人はなぜかこの早く早くが好きなんである)」じゃなくてゆっくり自分で時間をかけて食べてもいいんだと思わせること、ママが隣に座って「おいしいね」と一緒に食べることがいいんじゃないかと説明した。モルディブでは大家族が多いから、まず一番先に子供たちを全員座らせて食べさせて、次に男性陣、そして最後に女性陣が座って食べるという順番がほとんどなのだ。作ってる人たちが一番最後に食べるという不公平さは今は置いといて、つまり子供たちはいつもきょうだいやいとこ同士で子供だけで食べてるんである。ついでに言うと、もちろん子供だけじゃなくて大人の食生活も不健康極まりなくて、野菜はほぼなし、いつも魚がころころっと入ったシャバシャバのカレーをごはんにかけて食べるだけでほとんど塩味だけで主食を食べている状態で大人も大抵は高血圧だったりビタミン不足だったりしてるんである。実際にお姉さんの上の子もまだ15歳だってのにいつも頭が痛いと言って頭痛薬をザラザラ飲んでいる。なのに手のひらにお砂糖乗っけて(スプーンで山盛り!)そのまま食べたりしてるんである。もう見てると、死ぬぞ!?って言いたくなるけど、やっぱりいくら私が言っても耳にはなかなか届かないんである。悲しいかな。本当は豚肉で結構ビタミンが取れるから日本なら野菜食べない子でも豚肉食べて補給してもいいんだけど、ここ、豚肉トンデモナイしねえ・・・。

でもどんな風にすればいいのかちょっとでも参考になればと思い、次も鶏肉をお醤油とお砂糖で甘く煮たやつを白いごはんに乗っけてアバーンにあげてみたらもっともっとと言ってお肉もごはんもちゃんと食べた。私も隣に座って食べてる間中隣で「おいしいねえ」とか「食べてえらいねえ」とか褒め殺した。お姉さんとお義姉さんは珍しい動物でも見るような目で見てたけど、アバーンが自分で食べてたから、何か思うことがあったらしく、次の日から羽交い絞めがなくなった。よかったよかった。島に持って行くおみやげも、コーンフレークスならドライだから日持ちがするし軽いし人工的にせよ栄養が入っているし(ビタミンとか鉄分とかね)、甘いからアバーンも食べやすいだろうからいいんじゃないかなと薦めてみたら、島でもシリアルは売ってるところがあると言う。なーんだ、手に入るんじゃん。ただ、習慣がないからどうやって食べていいのかわかんないんだよね。でもお姉さんはそれからアバーンが何か食べたいと言うときに「コーンフレークス食べる?」と薦めるようになって、うちのシリアル置き場を覚えた(笑)。私もそれとなく買い足しておいた。本当は、根本的に、今の若い人たちに教育してほしいけどね。次の世代には大丈夫なように。新しい大統領、教育面お願いしますよ。って、ムリか。

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雨の金曜日

今、私たちの予想を超えて忙しいもの・・・それはルームサービス。
実は私たちのゲストハウスにはレストランはない。もちろん、レストランで働いてきたロビちゃんはレストランが欲しいのは当たり前なんだけど、このビルはもともと1フロアずつマンションとして貸す予定で建てていたところを私たちがゲストハウスとして経営させてほしいとオーナーにもちかけたのでホテルとしてのレストランはないのだ。そのかわりと言ってはなんだけど、私たちはたまたますごい近所にあるケータリングサービスを利用してルームサービスを提供している。広いリビング&ダイニングエリアがあるのでそこにダイニングテーブルを置いて、ロビちゃんがレストランみたいにルームサービスを毎回きれいにセットしている。もちろんお部屋で食べてもらってもOK。

最初私たちはメニューを選ぶときに「まあそんなにオーダーは入らないだろうけどね」と話していた。だって、私たちは「ホテルのレストランにおいしいところはない」と言うロビちゃんの師匠ソムリエの言葉に従っていたからである。ロビちゃんが日本で働いていたコンラッド東京のレストランはすばらしくおいしかったけど、まあ日本は例外ということで。だって、イタリアに行ったときもどんな小さなレストランで食べても何もかもおいしかったのに、ミラノヒルトン内のレストランは全然おいしくなかったし。しかもレセプションのサービスがひどくてびっくりした。だからまあ、うちのルームサービスなんて誰も頼まないだろうくらい思っていた。それでなくてもマーレはあちこちにレストランがあるからね。外に出れば行くところはたくさんあるし。

なーんて思っていたらふたを開けてビックリ。みんな、頼む頼む!せっかくくつろいでるのに外に出るのが面倒だという人、リゾートで働いているからマーレはよくわからなくてどこにレストランがあるのか知らないという人、そしてやはりリゾートのスパで働いているフィリピンの女の子は「もう暗いから外を歩くのは怖い」と言って頼んでいた。マーレは私が今まで旅行したり住んだりしてきたどこの国よりも治安がよくて(最近は悪くなったと言われるけど欧米やヨーロッパに比べたらねえ)、もっとも安心して夜歩ける街なのだけど、彼女は「怖いからお金を渡すからあそこのお店で歯ブラシも買ってきて」と買い物まで頼んでいた。まあでも一人で外国で暮らしていて、気持ちはわかるよね。それにそのくらい用心深い方が絶対安全だしね。

そんなわけで、部屋の稼働率は低くても、お客様が入ればルームサービスでとても忙しくなるようになった。オーダーが入ったらすぐにケータリングに電話して、できたらロビちゃんが走って取りに行くんである。すっごく近いんだけど、一日何往復もしてるからこれでロビちゃんがグッタリ疲れるけど、まさかルームサービスがこんなに出ると思わなかったからうれしい誤算ではある。

ところが、もうひとつ、誤算があった。それは金曜日。こちらは聖なる金曜日はみーんなお休み。レストランもお店も開くのは午後二時からか、もしくは夜から。そんなわけで・・・うちが頼んでいるケータリングももちろん金曜日は午後二時までお休み。でも、宿泊客にはもちろんそんなの関係ないよね。キッチンで料理できるわけじゃないからレストランに行くかルームサービスしかないのに、レストランもお店も閉まってる。となれば金曜のランチはみんなルームサービスになるわけで・・・。オープンしてしばらくしてからこれに気づいた私たち。きゃ~~~~!どうするよ?!どうしよう?!

てなわけで、急遽「金曜日スペシャルランチメニュー」を作ることになった!自分たちでできる精一杯のメニューを厳選したのだ。もちろん、金曜日だけじゃなくて普段の日でも自分たちでできるものは自分たちで作っている。と言っても、やっぱりケータリングほど材料そろえてできるわけじゃないので簡単なものだけだ。そして作るのはほとんどロビちゃん(笑)。私は二度と同じ味に作れない人なので人様に出せるようなものはとても作れない。その点ロビちゃんは料理やレストランでの仕事にこだわりがあるのですっごくきちんとやっている。そこで、そのロビちゃんのこだわりもプラスして自分たちでできるもの、サンドイッチとかバーガーとか、魚やチキンがあればオーブンがあるのでグリルフィッシュやグリルチキン、フライドポテトやそれからごはんをたくさん炊いてフライドライス(チャーハン)、てな感じのものでメニューを構成した。

そして、スペシャルメニューを作って最初の金曜日、その日は朝から雨だった・・・。金曜日でも午前中早くにだけ開けているお店があるんだけど、雨だからみんな外に買い物になんか行かないよね・・・。もちろんみんなルームサービスを頼むでしょう・・・。そしてその日にはなんと、宿泊客の中にリゾートのシェフが二人、そして他のリゾートのエグゼクティブシェフがひとり・・・泊まっていたのだ。なんでよりによって~???プリントしたてのあったかいメニューを持ってひとつずつお部屋を回り、心の中はバクバクしながら顔は満面の笑顔で「金曜日のランチメニューで~す」と配って説明した。「今日はうちの提携しているケータリングサービスもお休みなんです~。なので通常より品数が減りますが、よろしくお願いします~」するとみんなも笑顔で「ああ~わざわざありがとう。や、1ページしかないの?確かに少ないね。でも頼むよ。お腹がすいてね」ともちろん笑顔でオーダーがぞくぞく。はわわわわ~~~・・・。

オーダーを抱えて部屋に走って戻りロビちゃんに通達!「ビーフバーガーひとつ、チキンフライドライスひとつ、フィッシュ&チップスひとつ、トマト&チーズサンドイッチひとつ・・・」読み上げるだけでわたしゃもうパニック。一体どれから始めたらいいのか見当もつかない。もちろん前日にメニューに使うものはどっさり仕入れてあり、午前中にはまるで厨房の修行少年のようにずっと野菜を刻んでいた私。あとは炒めるだけ、とか焼くだけ、とかになるべくしてあるんだけど、まず油を温めたらいいのか、肉を焼いたらいいのか、時間のかかるものから始めていって最後に同時に仕上がるように調整するのが難しい。私はアシスタントに回ってほとんどロビちゃんが作り、順番に出して行って全部出し終えたのは二時半過ぎ。自分たちがお昼を食べたのは三時過ぎだった。ひゃ~もう足がパンパン。

でもその週からなんとなく自分たちでできるものが少し増えてきた。もとからうちで出している朝食は毎日ロビちゃんが作っている。コンティネンタル・ブレックファストで、たまご二個(お好きなスタイル)、ソーセージ二本(もちろんチキンソーセージ)、トースト(バター&ジャム付き)、ジュース、コーヒーか紅茶のセットなのだけど、この週に宿泊していたエグゼクティブシェフは中華系マレーシアの人で、「私は米食べないと絶対だめ、とにかく米」と言って、うちで初めて朝からライスをオーダーした。たまげたけど、ちょうどうちに炊いたごはんがあったので急遽お出しした。私もごはん党なのでそのシェフと話していたときに「わかりますよ~!私も三食でもお米食べたいですから。やっぱりお米食べないと食べた気がしませんよね」と社交辞令ではなく心から同意したら、そのとき一緒にいたシェフと同じフロアに宿泊していたスイス人女性が「そうなの~?」とビックリしていたのだ。そして自分の言葉どおり、そのシェフは毎日三食、ごはんものをオーダーするのである。

朝食はもうセットなので本当はごはんはないのだけど、彼のために毎日たくさんごはんを炊いて待機した。シェフも期待を裏切ることなく朝は必ず白いごはんとたまごをオーダーした(昼や夜はチャーハンだったりした)。なんかそれはそれでおもしろかった。金曜日のランチが終わったあと、実は今日のランチは自分で作りましたとロビちゃんが正直に話したところ、彼はすっごく驚いて「おいしくできてたよ!」と絶賛してくれた。何をかくそう、ロビちゃんはコンラッド東京にいた頃よく厨房に入って行っては「チャーハンどうやって作るの」と教えてもらって、お気に入りのチャーハンを自宅で作れるようになっていたんである。そしてシェフの頼んだものもフライドライス、つまりチャーハンだったのだ。だからチャーハン頼んでくれてラッキーと言えばラッキーだったのよね。でもお米のメニューは金曜日ランチはチャーハンしかないんだよね・・・ふふふ。

でもロビちゃんお得意のチャーハンとは反対に、何度かオーダーが入って作ってもなかなかうまくいかなかったのが、実はフィッシュ&チップスの魚のフライだった。グリルはオーブンがやってくれるので簡単かつおいしくできるんだけど、魚のフライがうまくふんわりパリッとおいしくできない。なんでだろう???と思考錯誤するも、二人ではどうもわからない。でもせっかくシェフが三人も泊まっていることだし、とロビちゃんがそのエグゼクティブシェフとは別の、以前から知り合いのシェフに聞いてみた。「フィッシュ&チップスのフィッシュ、どうやったらおいしく揚がるの?ちょっとコツがあったら教えてよ」するとそのシェフはにっこり笑った。「いいこと教えてあげるよ。普通の小麦粉じゃあダメなんだ。あれは違う粉を使うんだよ」「・・・どんな粉・・・?」シェフは得意満面で声を小さくして教えてくれた。「てんぷら粉っていうんだよ」・・・・・・そんなら知ってるわ。ロビちゃんはてんぷらも得意。どんな技があるかと思いきや・・・ジャパニーズテクノロジーでした。

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ウルフとニンジャ

ゲストハウスをオープンしてからすぐの頃、宣伝のために私はモルディブにある全部のリゾートにメールを送った。今はいくつあるのか数えてないからわからないけど、とても便利な日本のガイドブックにすべてのリゾートとその連絡先が載っているのでそれを頼りにジャンジャンよろしくお願いしますメールを出したのだ。

うちはリゾートじゃなくてマーレにあるゲストハウスだから、もともと「観光客を呼ぼう!」と思っていたわけではなく(もちろん来てくださればうれしいけどマーレにどれだけ来てもらえるのかわからなかったし)、リゾートで働いているスタッフがマーレに来たときに泊まってくれたらいいなと思っていたのだ。これはまあ自分たちもマーレから遠いリゾートで働いていたからマーレに来るときは必ず泊まりで(日帰りはまず無理)、いつも泊まるホテルを探すのに苦労していた、という経験からなんである。で、リゾートのマネージャークラスの人たちなんかが来てくれたらいいなーというのが私とロビちゃんの第一ターゲットだった。

そして、メールを送り終えてすぐに、ひとつのリゾートから返事がきた。まだ一ヶ月以上先だけど、奥さんと休暇に行くためにマーレに行くときに滞在したいという予約のメールだった。これは、私たちがオープンしてから初めての、つてでもコネでも友人でもない人からの予約だったのだ。ご予約第一号さま!!

きゃーーーと私は感動して予約帳のずっと先のページに彼の名前を書いた。その名はウルフ。

いくら先でも私もロビちゃんも忘れることなく、何度も予約帳を見てメールを見て日にちが間違ってないか確認した。そしてとうとう先週ウルフ様がやってきた。

彼はリゾートで働くシェフだった。これが私の、ホテルで好きな部分のひとつでもある。最初予約を受けたときは名前だけでどんな人なのかまったくわからない。でも来ていただいて宿泊客カードに記入してもらい、色々お話をするにつれ、その人の仕事や歴史がわかってくるのである。それはなんだか後からピースがどんどん空白に埋まっていくようでおもしろい。

彼がチェックインしたときちょうど私は、子供たちが通っている英語学校の今年度卒業式だったので、子供を連れてマーレにひとつしかないイベントホールに出かけていて会えなかった。ごあいさつをしたかったので、彼がルームサービスを頼んだときに私が持って行った。

私が予約をもらってとてもうれしかったこと、彼が第一号の予約を入れてくれたお客様だったということを話したら、彼は「そうなの?!」と驚いて「じゃああのメールを君が送ってたときは本当に始めたばっかりだったんだね。大丈夫、僕もみんなに宣伝するよ」と笑顔で言ってくれた。なんて良い人なんだ~!そしてウルフ様は休暇へとお出かけになっていった。

おもしろいもので、お客様が来るのにはなぜか波があって、忙しいときや予約が同じ日ばっかりに重なるときがある。このウルフ様の予約が入っていた日には、これまた結構前からニンジャという名前のお客様の予約が入っていた。

うちにいつもスタッフを宿泊させてくれるリゾートからで、いつも予約はファックスでやってくる。そのファックスを見たら名前のところにNinjaと書いてあるではないか。・・・・・・ニンジャ?たいていフルネームで書いてあるんだけど、このファックスはただNinjaとだけしか書いてない。なんか余計謎めいて見える。ニンジャ?ニンジャが来るの???リゾートから?

このファックスも二週間くらい前から来ていたので、ロビちゃんと二人でウルフとニンジャが来る日、と私たちは何度も確認し合った。

そして当日の午後、やってきたニンジャは金髪でスリムのかわいらしいドイツ人女性だった。意外性にちょっとビックリ。でもたまたまそのときレセプションに私と一緒にいた娘はもっとビックリ。娘いわく、「すごくきれいで映画の人が来たのかと思った」のだそうだ。うちの娘はキレイなお姉さんが大好きなんである。ニンジャさんに「うちの娘が映画の女優さんみたいって言ってましたよ」と話したら、彼女は笑顔で「まあ~そんなこと言われたことないわ」と上品に笑った。すごく当たりの柔らかい人で、リゾートで働くにはぴったりだなあなんて思った。そして色々話をしてちょっと仲良くなったところでずばり、聞いてみた。
「あのー、変な質問していいですか?」
「もちろん、なに?」
「お名前のニンジャって、由来はどこから・・・?」
彼女はなんだ、という顔をして教えてくれた。「ずいぶん前だけどね、ドイツですごく権力のあった大統領(だったかな?政治家かな?)がいて、その人の娘の名前がNinjaだったの。それで、私の親が素敵な名前だと思って付けたんだって。日本のことは全く何も知らなかったのよ」
な~るほど~~~。しかも発音はニンジャではなくニンニャなのだそうだ。それならかわいいし忍者とは違うわね。
「でもね、みんな私の名前を見て笑うのよ」
なるほど。確かに今忍者は世界的に有名になりすぎちゃったよね。私もNinjaっていう名前だけで勝手に男の人が来るとばっかり思ってたくらいだもん。イメージって不思議なもんだ。

素敵なNinjaさんもリゾートへと帰って行った。また来てね。

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復活!!

あああああああああ~!

日本語で書けるってなんて幸せ~!!!

当たり前のことができなくなるとそれがどれだけありがたみがあったかがよ~くわかるねええ。

はい、皆様に大変ご心配をおかけ&ご協力をいただきましたが、このたびワタクシのパソコンが復活いたしました。

さて、どこが悪かったのかというと・・・これがよくわかんないんですねえええ。

何日もダメだったのでしばらくあきらめて私のパソコンは触ってなかったんですね。そして以前リゾートで働いていた同僚の弟さんで違うリゾートでITマネージャーをやっているという人が宿泊してくださったので彼に診てもらおうとパソコンを久々に開けたら・・・・・何の問題もなくできるじゃあないですか!一体なんで???

一体何が悪かったのか、そして一体何で良くなったのか、わからないままに復活いたしました。いやあ~~~しかしうれしい。

ただ、ひとつだけ思い当たることがあって、PCのことで困るといつも来てもらっている友人が言うには、ワイヤレス自体に問題があったのではないかということ。

うちは宿泊客用に、ワイヤレスのルーターを置いて各フロアで使えるようにしていて、パスワードを入力して無料でインターネット接続ができるのをひとつの売りにしていて、使いたいお客様にはパスワードをお教えして、自分の泊まっているフロアのリビングエリアでネット接続ができるようになっている。つまりはうちに宿泊すればこのパスワードがわかるわけで、それで誰かが設定を変えたのではないかというのだ。

その証拠に、設定を戻してパスワードを新しくしたらきちんと使えるようになったのだ。ちょっと前までは私のラップトップは全くネットにつながらず、レセプションのパソコンも調子悪くて遅いけどなんとかできるかな、という状態で、しかもしょっちゅう切断していたのだ。でも今はなーんの問題もない。やっぱり誰かがいじったのかな・・・。

というわけで、その友人は「パスワードは毎週変えたほうがいいよ」との有意義なアドバイスを残していってくれた。なるほど!私も以前、ネットフリーのカフェでお茶を飲むのもケチってカフェの目の前のベンチ(もちろん外)に座ってパソコンを広げていたことがある。パスワードがわかっていれば近くにいればできるからね。うちだって、お隣りのビルからとかもできそうなくらい、隣とぴったりくっついて建っているしね。

そんなわけで、今週のパスワードはカナガワ。ロビちゃんがつけたんだけど、笑える。確かに、モルディブ人も他の国の人も一回では覚えられなくて何度も聞きなおされる。ずいぶん”a”が多いけど、どういう意味?とか。いいのか、それで?(笑)。じゃあ来週はクマモトあたりかな???って、ここで書いちゃっていいのか?って感じもするけど、大体これ読んでわざわざマーレまで来る人いないよねえ・・・。

いやあ、それにしても皆様には多大なご協力&ご指南をいただきありがとうございました。外国に住んでいてネットがつながらないとものすっごい孤独感いっぱいなんだけど、そんなときに皆様からたくさんのコメントをいただき、とてもうれしかったです。特に読みにくい英語の愚痴ブログにまで皆様たくさんのコメントをお寄せいただき、ありがとうございました。これからも書いていきますのでよろしくお願いしまっす!

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I'm still alive

How many days I haven't write here???

Now my computer is having a problem, somehow can't connect to ineternet. I can read by this our guest house's reception computer, but it doesn't have a Japanese software. So, I can't write in Japnese! What an isolated feeling! Because of the internet & e-mail we don't feel distunce even living in foreign country.

Of cause in Male, it is mission impossible to find a Japanese software(actuially, I don't know how to call it...the thing when you instole in your computer and then you can use the language). People said we can do free download by internet but the problem is no connection with internet, then how can I download???

Without writing anything in Japanese is sooooo stressfull days.

What can I do-------!

Tenawakede...people who think "hey, Hiroko is not writing these days, maybe the guest house is full!", is wrong...our occupancy is still about half and I'm here just accumulating my stress!

And hey, never mind about my spelling miss. Because I also not mind! Hahaha.

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ファミリービジネス

いっぱいお客さまが来るようになったらたくさん人を雇って楽しよう・・・と一応夢に見ているには見てるけど、現実はキビシイ・・・。まだまだ最高記録13部屋。そして今日はほとんどチェックアウトしてしまい、チェックインが少ない・・・。いっぱいお客さまが来れば「この調子でやっていけるね!」と喜び、来なければ「どうしよう・・・ダメかもしれない・・・」と落ち込む一喜一憂の毎日。疲れるよ、ホント。気持ちがね。

でもあんなに待ち望んで自分たちでやろうって決めてやっとオープンしたホテルだもの、できれば楽しんでやりたいよね。だけどお客さまが少なければ心配だし多ければ忙しくてパニック!なんていってもロビちゃんひとりでほとんど切り盛りしているからなのだ。私はどうしても子供のことがある。まだ部屋に子供たちだけを置いてレセプションにいられる年齢じゃないので、誰かが見ていないと無理。で、昼間子供たちのいとこにあたるお姉ちゃんにちょっと来てもらって一緒に遊んでもらったりしているんだけど、どうしてもごはんは作らなきゃならないし一日中ほったらかしていられない。しかも自分たちの住居の階にいたらいたでやることはいっぱいある。洗濯は自分たちのものはもちろん、ホテルのタオル類もできるだけ洗っているので干す場所が足りないくらい洗濯機は回しっぱなし。ルームサービスがたくさん出れば戻ってきたお皿が山のようでこれまたずっとお皿洗い。なんか修行してる気分になってきた。そう、でもきっとこれは修行なのだ。こういう地道なことをきちんとやってこそきっと身を結ぶのだ。←希望的観測。

ロビちゃんは早朝のモーニングコールやチェックアウトから朝食の用意、その後は部屋の準備やもろもろの用事で動いてばっかりでしかも寝る時間がない。フライトの都合で早朝出るお客さまは5時半のモーニングコールで6時にチェックアウトしたりするし、到着が遅い便で来れば夜中1時半にチェックインとかもある。早朝か夜中どちらかに助っ人が欲しい・・・と思うのだけど、それもなかなか難しい。

でも、ロビちゃんの弟二人が全面的に手伝ってくれている!彼らがいなかったらここまで回ってないよ、ほんとに。手伝ってくれてるのはロビちゃんのすぐ下の弟と一番下の弟。一番下の弟はいつもはリゾートで働いているんだけど、ちょうど一ヶ月の休暇で来てくれたのだ。本当は実家の島に帰るつもりだったらしいけど、一番大変な時期だから手伝ってくれないかなとロビちゃんが言ったら島に帰らずに手伝ってくれている。しかもリゾートで働いているだけあってホテルとしての気配りがわかっていてすっごく助かっている!いやあ~も~本当にありがたい。

ロビちゃんが「起きて」と言えば起きてきて早朝の手伝いもしてくれるし毎日毎日手伝ってもらって弟たちもかなり疲れてきているのに、なーんにも文句を言わないでやってくれる。そう、オープンしてから思ったけどホテルって定休日ないんだよねえ。従業員も少ないから今のところ私もロビちゃんも弟たちも休みなしなんである。普通だったら弟たちから文句も出そうだけど彼らはなんにも言わない。実は私とロビちゃんが初めて助けを必要としているからなんである。

ロビちゃんはあちこちのリゾートで10年以上働いてそのお給料は全額島の実家に送金していたのだ。自分で使う分はまったくなし。お父さんを亡くしてから働き始めて実家のお母さんへの仕送り、そして弟三人と妹一人を学校へ通わせるお金をずっと送金してきた。ロビちゃん一人じゃなくてお兄ちゃんも一緒に送金していたのだけど、お兄ちゃんが仕事でトラブルに巻き込まれたときお兄ちゃん家族(奥さんと子供二人)までロビちゃんの肩にかかったことがあった。そのとき私は娘が一歳で息子を妊娠していてその上モルディブの家族全員がロビちゃんに頼って正直気が遠くなったものだ。それでもロビちゃんは何も言わずお金が必要だと言われれば何も聞かずに送金し続けたのだ。

お兄ちゃんの仕事はちゃんと元に戻ってその後昇格し今はなんの問題もない。そして弟たちも全員学校を卒業したしお母さんは亡くなってしまったのでもう送金が必要な家族はいなくなった。その今までのロビちゃんの10年間があるからこそ、弟たちもお兄ちゃんもなーんにも言わないで黙って手伝ってくれている。でもありがたいことです。彼らが手伝ってくれなかったらとてもできてないよ。

そして、よく子供たちと遊んでくれているいとこのお姉ちゃんはロビちゃんのお姉さんの娘で、マーレの学校に通っている18歳なんだけど、ほぼ毎日来てもらっていたので先月が終わるときに一月分としてお給料をあげた。もちろんそんなにたくさんあげられなかったけど毎日来てくれていたからね。そうしたらその子のお母さん、つまりロビちゃんのお姉さんから怒りの電話がかかってきた(笑)。お姉さんは兄弟の中で一番上で結婚してだんなさんがいるからロビちゃんが仕送りしたという感じはあまりないんだけど、実家にいるから実家に送金すればまあ助かっていたんだと思う。そして津波のときは全面的に私たちが援助をしたのでお姉さんはすごい怒っていた。「こっちがあんなに助けてもらってたんだから、今度はあなたたちが大変な時期でやっと私たちができることがあると思って娘に手伝わせてるのにお金なんてあげちゃダメよ!お金もらう仕事としてやってるんじゃないんだから!今までしてきてくれたことへのお返しとして手伝ってるんだから。第一子供にそんな現金あげて何に使っちゃうかわかんないわよ!」そしてそう言ってから娘に「お金トットゥベ(ちい兄ちゃん)に返しなさい!」と一渇。でもいくらなんでも一度もらったお金を返すってのはかわいそうだからそれは持ってていいよと私たちが言って、彼女はお母さんと私たちの板ばさみに(笑)。でも彼女はもらったお金をまったく使わないで全額持ったまま自分の母親に報告したのだ。えらいね。きっとお金もらっちゃって自分でもどうしたらいいのかな~って思ったんだろうね。

そんなわけで今はお言葉に甘えてみなさんに助けてもらっている。一番下の弟は休暇の間私たちの階に住んで部屋をひとつ彼の部屋にしたんだけど、朝食を全部出し終えた後ふら~っと自分の部屋に戻ってバッタリ寝ていた(笑)。もうみんなで揃って寝不足だけど、みんなのその気持ちがうれしい。ほんとに、これで自分たちががんばらないとだよね。

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これって奮闘記?

ゲストハウスをオープンしてから一ヶ月。

最初は誰も来なくて閑古鳥で、私とロビちゃんは震え上がっていた。どうしよう~~~このままお客さんが来なかったらどうしよう~~~。
とにかくお客さんに来てもらいたくて、うちがオープンしたことを知ってもらいたくてどうやって宣伝しようかばっかり考えて明け暮れた。
毎日毎日予約のない日々・・・。レセプションに座ってても誰も来ないのよ・・・。

私たちが考えているターゲットはリゾートで働いているスタッフのみなさま。私とロビちゃんがリゾートで働いていたときもマーレにやってきたら必ず泊まる場所を探すのに手間取った。マーレのホテルはいつでもいっぱいで泊まるところを探すのは大変なのだ。そこでモルディブにあるすべてのリゾートに宣伝メールを出し、リゾートにいっぱいいるロビちゃんの友達の口コミもあって2~3週間くらいにやっと平均で6~7部屋埋まるようになった。でも、もちろんそれじゃ大赤字。部屋数は全部で20部屋あるのでせめて半分は埋まらないと。

心配で心配で眠れぬ夜を過ごしていた私とロビちゃんだったが、おととい突然、ほんとに突然に部屋が11部屋埋まった。やっと半数に届いたのだ!やーもー本当にうれしい!でも今は稼働率が低いために従業員も少なくまさにファミリービジネスでやっているので突然お客さんが増えたら突然ものすごーく忙しくなった!とっても回りきらないのだ!どーしよーロビちゃ~んとプチパニックしているところに、お約束、ヘンな客がやってきた。

その客は夕方頃に来て、自分ともう一人来るからあとで宿泊カードを書くと言ってその場では書かず、でもお金を払っていったのだそうだ。私はそのときレセプションにいなくて、うちの数少ない従業員のレセプショニストが対応したのだけど、お金を払ったらカギをくれと言ったそうだ。レセプショニストがもう一人が来てチェックインするときじゃないとカギは渡せないからできるだけ早く来て、と言うとわかったと言って行ってしまった。

ところが、その客が行ってしまったあとに、レセプションのソファにいたロビちゃんのお兄ちゃんと弟と友達が青い顔をしてレセプションの彼に「今の人が戻ってきても部屋をあげちゃダメ!」と言ったそうで、何事かと思いきや、その客は有名なドラッグ常習者でしかも自分で売買もしているディーラーで12年くらい刑務所に入っていたそうなんである。「テレビでも手錠をかけられて連行されて行く彼を何度も写してるから有名なのになんで知らないのー!」と彼らはレセプションの彼に言ったそうだけど、いやいやそんなに犯罪者の顔まで覚えてないもんだよね。特にロビちゃんのお兄ちゃんは警察に勤めて20年だからさ~もちろんわかるだろうけど。

てなわけで、その彼が戻ってきたらもうほとんど満室で、ある部屋はトイレが壊れていると言おう、と決めた。すぐに戻って来てと言ったにも関わらず、これもお約束でその客はそのあと全然戻って来なくて、来たのは夜中の12時半過ぎだった。うちのゲストハウスは防犯上、下の玄関のドアを夜中の12時に閉める。つまり、門限があるわけで、でもモルディブはアルコール禁止国だから首都といっても夜中開いてる居酒屋があるわけでもなく、宿泊しているお客様も自分たちの安全のためということで了解していただいている。もし12時より遅くなったら電話してもらえば開けに行く、という風にしてある。

さて、その問題のジャンキーが戻ってきたのでロビちゃんは今手伝ってくれている弟と一緒に下の玄関を開けに行った。もちろん下でもめ始め、5階のレセプションにいた私のところまで怒鳴り声が聞こえてきた。彼はどうやら女性を連れて来たらしく女の子の金きり声がする。外人を見たらちょっとは違うかな、と思い私も下に降りて行った。階段で行ったので降りてくる姿を見るなり女性が私を見て「ちょっとどういうことよ!」と食ってかかってきた。「あなたここで働いてる人!?」と言うので、「私がマネージャーです。お話を伺います」と言うと「あんた英語しゃべれるのか?今更部屋がないってなんだよ?」と彼の方が怒鳴ってきた。でも私は女性を見てラッキーと思った。なぜなら、モルディブでは男性と女性は夫婦でなければホテルの同室に泊まることはできない。これはイスラム教に基づいた法律制度のモルディブの法律で定められているのだ。「それでは結婚証明書はありますか」と聞くと「ないけど夫婦だ」と言う。ほーらね、絶対夫婦じゃないだろうからあるわけがない。「じゃあおうちの方に電話してファックスしてもらってもいいですよ」と言うと「こんな時間だからできない」と言う。「ではご自分で取りに行かれたらどうでしょうか」と言うと「なんで夫婦って言ってるのに信じないんだ!明日の朝持って来るよ!」と怒鳴る。なんで明日の朝持って来られるものが今持って来れないんだか。こんな狭い島なのにねえ。「結婚証明書がなければどなたも泊めることはできません」と言い切ると彼らは逆切れした。「なんで今更そんなこと言うんだよ!?オレは金を払ったんだぞ!じゃあなんで金を払ったときに結婚証明書が必要だって言わないんだ!」しか~しである。モルディブ人で結婚証明書がなきゃ泊まれないことなんて100%誰でも知ってる超常識である。向こうだって多分自分のことに気づかれたから断られてるんだなくらいわかってるはずなのだ。こういう人たちはきっとどこのホテルでもゲストハウスでも締め出されているはずなのだ。だからこそ新しくオープンしたうちならバレないで入れるかな~とトライしているのである。で、うまく泊まれればリピーターとなって部屋をドラッグをやったり売買したりする場所に使いたいのだ。冗談じゃない。やっとロビちゃんと始めたばっかりでこんなやつに邪魔されるわけにはいかない。「大変失礼ですが」私も言ってやることにした。「私はマーレに住み始めてまだ一年経ちませんが結婚証明書がなければ泊まれないことくらい知っています。あなたは何年モルディブ人をやっていますか?」すると彼は逆上して「ファッキンジャパニーズがやってるなんて知らなかったよ!ジャパニーズなんか関係ねえよ!ここはモルディブだ!」と叫び始めた。「もちろんジャパニーズとかまったく関係ありません。モルディブの法律で禁止されているからできないと言っているんです。あなたの国の法律に従ってお話をしているだけです」そこで彼はこぶしを振り上げて「もしオレがあんたの顔を殴るって言ったらどうする?!」と今度は脅してきた。「私を殴りたいんならどうぞ、それがあなたの問題の解決方法なら殴ってみれば?私はすぐに警察に電話するだけですから」そう言って私が携帯を見えるように手に持って彼に向かって万歳をしたのでロビちゃんも弟も女性もえ?という顔をした。だって、こんなやつほんとに殴る勇気絶対ないもん。第一、こっちが法律にのっとって断っているだけで向こうが先に手を出したら向こうが不利になるだけだし。そいつは振り上げた手をどうしようか困ったまま「結婚証明書なんか明日持って来るって言ってんだろ!今は新しいモルディブだぞ!」とまたわけわかんないことを叫んだ。でも大統領の就任式はその次の日なのだ。「今日はまだ古いモルディブの最後の日ですよ。新しいモルディブは残念ながら明日からです」ロビちゃんがその男に彼が払った全額を返したので、そのへんで女性はあきらめて出て行ってしまい、そいつも仕方なく出口に向かって出る最後に「お前らを訴えてやるからな!!」と捨て台詞を吐いた。アホか。でもこの人英語は上手だ。普通のモルディブ人は「訴える」とかって英語はあんまり知らない。刑務所で覚えたのかな?私は「オーケーオーケー、訴えるのね、はいバイバイ」とドアを閉めようとしたら「お前らんとこにな、送り込んでやるからな!」と叫びながら帰って行った。

彼の言っていた「送り込む」というのは、きっとジャンキー仲間を普通の客みたいに来させて、部屋でドラッグをやっているところに自分たちでわざと警察を呼んでホテル内で警察沙汰を起こそうというもくろみなんである。そうやって営業停止になったゲストハウスが今までにもいくつもあるのだ。つまり仕込みを入れるわけだね。そこで取る方法はただひとつ。そう、モルディブ人はもう知ってる人意外は一切入れないってだけ。まあ、今だってお客さまはリゾートからのスタッフと観光客なんだし、地元のモルディブ人の客がいなくなったからってうちは大して変わらない。それにリゾートからのスタッフや観光客の方がそういう変に柄の悪い人が来なくて客層がずっといい。せっかくきれいなホテルなんだし、客層も高くきちんとした人にだけ泊まってもらえればその方がうちだってうれしい。というわけで、その他の善良なモルディブ人には申し訳ないけど、次の日からモルディブ人の客は全部断ることにした。もちろん今はできるだけ多くの部屋に入ってほしいけど、リスクがあるならきっぱり切る。

私はなんだか伊丹十三の映画を思い出した。ホテルのやつあったよね。どこのホテルでも直面しなきゃならないことで、ここも同じかあと思った。でも日本やアメリカに比べたら怖さが全然違う。日本の実家でも商売をやっていてショーウィンドウ破りや泥棒、はては強盗にも数回入られていて一度私は人質になったこともあるので、こういうのは実はちょっと慣れていたりする。だからはっきり言って彼はただのチンピラで怖いというよりはただでさえ忙しいのにこんなやつに時間をさくってのがアホらしかった。でもこういうのに慣れてるってかわいくないよねー・・・。

さて、色んな友達が今たくさん連絡してくる中、ロビちゃんもみんなにその話をしているのであっという間に知れわたり、またそいつがかなり有名な犯罪者なので知っている人も多く、みんなから激励の声がたくさん届いた。ヒルトンにいた頃私が同じ部署でずっと一緒に仕事をしていた友達は「今度そいつが来たら俺に電話しろ!マフィアの友達送るから!」と鼻息荒く言ってくれたけどなんでそんな友達いんの?って感じでかなり笑える。おもしろいのはみんなが「次そいつが来たら俺を呼べ」と言ってくれること。女性のヒロコにまで殴るぞなんて言ってくるやつがほんとに手出したらただじゃおかないし、なんか言ってきただけでも俺が殴ってやる!って、いやいやこっちが殴っちゃダメなんだってば。でもみんながそう言ってくれる気持ちがありがたい。ロビちゃんは「今は奥さんと子供がいるから何かあったらいやだよ」と言っているけど、大丈夫、あんなやつはなんにもできませんって。

そんなわけで、昨日夜レセプションで遅くまで仕事をしている間、ロビちゃんの一番下の弟がずっとテレビを見ながらぼんやりレセプションのソファに座っていて、寝ないのかな?と思っていたらかかってきた携帯に「ボディーガードしてるんだよ」とディベヒでしゃべっていた。あら~~~気を使ってボディーガードしてくれてたのね。それくらいのディベヒなら最近私わかるんだよ~。でもわかんないふりしました。別にロビちゃんがそうしてくれと頼んだわけでもなく、もめてた現場に一緒にいて私が「殴れば?」とか言っていたのを見ておいおいと思ったのかもしれない。一番下の弟なのでロビちゃんより一回りくらい下ですっごく若くて、ロビちゃんより年上の私にはとにかく「か~わい~い」って感じの弟なんだけどやっぱり男だねえ。無鉄砲な義姉さんですまんね、と思いましたですよ。

みんなの応援もあってか、今はほぼ半分の部屋が埋まるようになり、良いお客様だけでとても平和な日々。このまま増えて満室になってみたいなあ・・・というのが目下の目標です。ちなみになんでそんなチンピラがうろうろしてるのかっていうと、日本のニュースでも取り上げていたように30年ぶりに新しい大統領が決まって恩赦でみ~んな出て来ちゃったんだって・・・。オイ!新大統領の新しいモルディブってそれかい!!

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大統領選挙

大統領、決まりましたね。

えっモルディブの?あっそうそう、モルディブも歴史的な選挙でした。なんといっても、6期30年を務めたガユーム大統領に初めて対立候補の5人が挑み、反対派のアンニーが勝ったんです。まあ、30年間一人でやるのは長すぎですよね。そういうのって独裁政治になっちゃうんじゃないでしょうか???と思いますが、彼的には違ったそうで・・・。とにかくマーレではガユーム政権を終わらせようという意気込みがすごかったですね。こちらのローカルの人たちはガユームではなくてファーストネームのマウムーンと呼んでいるのですが、彼の似顔絵に海賊の旗みたいな骨のバッテンを付け、「Enough!」(十分!)と描いてある絵なんかが町中の壁にステンシルでスタンプみたいに付いていました。

対立候補者は5人いましたが、誰も過半数以上を獲得できなかった場合、上位二名で再決戦をすることになっており、ガユームとアンニーの対決となりました。そのときはガユームは一位でしたが、決戦で負け、新しい大統領が生まれました。30年ぶりに。

アンニーのスローガンは「Vote 4 Change」「変えるための一票を」でした。とにかく至るところで「新しいモルディブにしよう!」という声を聞きました。

そして・・・今日はアメリカでしたね!オバマさんが勝ちました!オバマ氏もスローガンが「Change」でしたね。いやあ、私は正直言ってモルディブの選挙よりも感動いたしました。っていうか、スゴイよ、オバマさん!アメリカで黒人で大統領になるってどれだけ大変なことか。それだけアメリカにはいまだれっきとした人種差別があるからです。

特に南部の人種差別はすごくて、今回の選挙でのNHKスペシャル番組を見ても、キャスターがテキサスやミシシッピーなどにインタビューに行くと普通の若い女性が「黒人が大統領になったら白人と黒人の戦争になって世界が終わってしまう」と話しているんですよ!!たまげました!今回の世論でわかりにくいと言われたのは、みんなインタビューなどではレイシスト(人種差別をする人)に見られたくないからオバマ氏を応援している、というようなことを言うけれど、実際に投票するのはやはり白人のマッケイン氏なのではないか、ということでした。なので本当の支持率が見えにくいというんですね。私も実際どうなのだろうと思っていました。本当に、「人種によって優劣の差がある」と考えている人はものすごい数いるのですよ。そんな中でどこまで支持を勝ち取ることができるのか。

とても個人的にですが、ブッシュ大統領は歴史的に最悪の大統領だと私は思っていました。特に軍事面で個人的に私は嫌いでした。でも、マッケイン氏もあまり変わりはないように見え、父親母親ともに軍人、そして本人も軍人でアメリカという国家の最高指揮官にはぴったりだと胸を張って演説をしていたのでまたか~と思っていたのでした。どうして「国をまとめる」ではなく「最高指揮官」と軍的にしか見れない人がトップに立ちたがるんでしょう?アメリカにとって軍事は大きな産業のひとつになってしまっているため定期的に活発にしてやらなければならない現実も確かにわかります。アメリカでは良い就職先がなくても何年以上軍にいればそのあと良い補償金(て言うのかな?)がずっともらえたり、軍で何年かがんばれば市民権が得られるとか、色々特典があるんですよね。軍産業で成り立っている町や市もあるので軍縮すれば町中の人が困るという場所もあります。でも、他の産業で豊かな国がいくらでもあるじゃないですか。軍産業が定着してしまったのがそもそも間違いだったんじゃないでしょうか。そしてそれを正当化するためのアメリカ=ヒーローという教育。アメリカは世界のために世界の悪と戦っているという、まさにスーパーマンをそのまま軍に当てはめて、しかもそう信じてやまない人たちが戦争に行っているわけです。

そしてマッケイン氏が大統領になったらまた軍的に元気になりそうなアメリカが想像されてとてもいや~な気分でした。そして、個人的にもケニヤ出身の父を持つオバマ氏を応援していました。自分もアメリカにいた頃に日本人だから(アジア人だから)という理由で差別されたことが何度もあります。アメリカ以外でも外資系で仕事していて上司から見下されているのがひしひしと伝わってくる場面など数え切れないくらいありました。それに、なんといっても初の黒人大統領が生まれたら・・・新しいじゃないですか!アメリカの良い部分じゃないですか!実力のある人間はやればチャンスを与えられる、それがアメリカンドリームだったはずです。

モルディブは時差で日本より4時間遅いので、朝起きてNHKワールドをつけたらもうオバマ氏が大統領に決定していました。演説を何度も放送しているので何度も見ました。なんか・・・感動しましたよ。もちろん彼がなったからって急に軍縮になるわけでもないでしょう。でも、新しいじゃないですか。歴史的じゃないですか!これでアメリカがどう変わっていくのか、とても興味深いです。

え?日本も変わったばっかりだって?そうでしたね、NHKで急に総理が辞めたニュースを見たときはビックリしましたよ。日本の新しい総理はどうなんでしょうかね・・・。日本の小浜(おばま)市が「勝手にオバマ氏を応援する会」というのを作ってすごい盛り上がっていてほほえましかったです。はい。「勝手に~」というのがいいですね。

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ちょっとはきれいにしてないとね~

なんだかホテルをオープンしてから、自分がひどくなった。

どうひどいかというと、「髪振り乱して」ってな感じ?本当はレセプションにずっと座っていたいくらいだけど、もちろんそうもいかなくて子供たちとバタバタしつつ、レセプションの仕事をPCでやりつつ、実際にレセプションに座って仕事をしている従業員と確認しつつ、ちょっとはレセプションにも座りつつ、てな感じで、まったく慌ただしい。でもどんなに忙しくても子供たちにごはんを食べさせないわけにはいかないのでごはんも作らなきゃならない。自分とロビちゃんだったらなんでもいいんだけどね。だから家事と育児とホテル業務となると一日びっしりで気が付くと夜になっている日々なんである。ロビちゃんも同じでやることがいっぱいで頭がいっぱいで二人でかなりテンパっている。

でも、今日は二部屋しかお客さんが入っていない。ほんとはダメなのよ、だって少なすぎなんだから。でも、ちょっと時間ができてふと鏡を見て考えた。

・・・ひどい。

髪の毛、伸びっぱなし。眉毛、伸びっぱなし。顔、下がってる。

顔ってね、こう笑顔じゃないと全体的に下がってくるんだよね。昔仕事がちょっと間が開くと顔が下がってきて、そうするとオーディションに受からなくなるのでてきめんだった。髪の毛は日本ではずっと茶色くカラーをしていたけど、モルディブに来てから全然してなくてすっかり真っ黒になっていた。変にプリンちゃんになっててっぺんだけ黒いよりは全部黒い方がきれいだろうとわざとカラーをせずに伸びては切ってショートカットを維持していたので何年振りかで全部真っ黒になったのだ。私の髪の毛は本当にまっっっ黒なので、今ほとんど茶髪の日本では黒いと逆に目立つんだけど、ここではみんなが真っ黒なので(笑)なんてことない。もちろん染めてるモル人もいるけど、日本に比べたら少ない。中年モル人の風当たりも強い(笑)。モルおばちゃんなんかは染めてある髪の毛を見ると大抵「さびてるみたいね」と文句を言うのだ。私は髪の毛くらい自分の好きに染めたって黒だってなんでもいいと思うけど、もちろん身だしなみはちゃんとしていたい。

さて、黒いのはいいんだけど、ショートカットなのでコマメに美容院に行かないとすぐにボサボサ頭になる。そして私は髪が太くて固くて多いという三重苦なので、「髪の毛長くしたらすごいお嬢様っぽくなるんじゃない?」と言われたりしてもとんでもない、ボワ~っと広がってまるで落ち武者なのだ。サラサラの猫っ毛ストレートロングにどれだけ憧れたことか。そして今、子供が散らかしたおもちゃなんかを下を向いて床から拾い上げながらふと鏡を見るとライオンのたてがみみたいに広がった髪の毛が汗で顔にまとわりついてるんである。

・・・ひどい。

ついでに眉毛もすんごい濃いのでお手入れしないと仙人みたいになってきちゃう。てなわけで、今日子供たちを寝かせた後、自分で鏡を見ながらちょっと前髪なんかを作ってみた。娘の学校のハサミでちょきちょき大胆に切り、ちょっとヤバイかなというところで止めた(笑)。それからずいぶん前に買っておいて使ってなかったカラーを出してきて自分で染めることにした。日本でもいつも箱のカラーを買ってきて自分でやっていたのでこれも慣れている。お皿洗いに使ってたビニール手袋をしてベタベタと液をまんべんなく付けた。それからしばらく時間を置いてシャンプーし、わくわくしながらドライヤーをかけた。濡れてると色が濃く見えるからね、でも乾かせばきっといい感じの茶色に・・・・・・あれ?結構乾いてきたけどあんまり変化がない。まあもうちょっと、と乾かして鏡を見るも・・・・・・なんか髪の毛真っ黒なんですけど・・・?

一旦真っ黒に戻った私の髪は強かった・・・。そのカラー液の色はヘーゼルナッツというかなり明るめの茶色だったんだけど、私のメラニンにはヘーゼルナッツも勝てなかった。黒いままだ!しかも時間を置いたときに、今までも私の髪は色が入りにくいのがわかっていたので、テーブルの上を片付け、水切りカゴに入っていたお皿を戸棚にしまい、流しにあったお皿を全部洗い、フライパンや鍋なんかも片付け、最後にゴミ袋をまとめるという念には念を入れた時間の置きようだったにも関わらず、ちっとも染み込まなかったらしい・・・。12時になってレセプションを閉めて戻ってきたロビちゃんも、もちろんまったく気が付かず・・・。

「今、色染めたんだよ~でもちっとも染まってないの~」と私が言うと、慌てて「えっあっ、でもちょっと茶色くなってるかな!?ほら!?ちょっと、茶色いよ、うん!」とのコメント。奥様に気を使ってくれるやさしいダンナさまだねえ・・・。ま、いっか。もうしばらく真っ黒くろで~。

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唯一の証人

毎日少しずつだけど、お客さんが来てくれるように・・・なってきているかな?という日々。

そして今日はリゾートからある友人が泊まりに来てくれた。

彼は以前ヒルトンで働いていたときに一緒だった人で、今はリゾートの人事部のマネージャーになっているのである!昇格したねええ。

実は彼は私とロビちゃんが結婚したときの唯一の証人なのだ。

私たちは二人で一緒に休暇を取ってインド旅行に行き、インドで結婚しようと計画を立てていた。そしてインド人の彼はその同じときにちょうど休暇を取って実家に帰っていたのである。私たちはインドをぐるりと回って旅行した後、彼の実家、バンガロールに立ち寄って、彼に実はここで結婚したいんだけど、と相談した。ヒンズー教の彼はイスラム教のことはよくわからないながらも、一所懸命大きなモスクを回っては結婚を取り仕切ることのできる権利を持っている司祭がいないかどうか一緒に探してくれたのだ。言葉のわからない私たちは前面的に彼を頼り、彼も「オレ、初めてモスクに入ったよ」なんて言いながら、色んな人たちと交渉してくれた。

私たちの休暇はもちろん仕事に戻る日が決まっているためそんなにのんびりできるわけではない。イスラム教に改宗しなければならない私はモスクの権威ある人がまず私をイスラム教に改宗させる儀式をしなければならず、その後結婚の儀式、そしてその後に法律事務所を探してきちんと法的に結婚するという段階が必要で、短い期間でそれはそれは大変だった。

でも彼のおかげで何とか改宗と結婚の儀式をやってくれるモスクを見つけ、私たちはそこで結婚した。書類には証人というか立会人の名前を10人くらい書かなきゃならなくて、まず最初に友人の彼の名前を書き、その後はそこにいた見ず知らずの人たちに書いてもらったのだ。インドで無事結婚できた私とロビちゃんはモルディブに戻ってからマーレのオフィスでモルディブに結婚を受理してもらい、その後日本でもインドの結婚証明書を見せて受理してもらい、3カ国で結婚していることになっている。その一番最初のインドでの証人が彼なのだ。彼がいなかったらあのとき私たちは結婚できてなかったと思う。

その彼が彼女を連れて泊まりに来てくれた。久しぶりに会ったらなんだかす~っごくうれしかった。彼は全然変わってなくて、彼女も知っている子だったので(付き合ってるのは知らなかった)、なんだか懐かしい二人に会えて本当にうれしかったし、昔を思い出した。しょっちゅうインドの文句を言ってる自分だけど、こんなにいい友達がいるんだから、そんなに言っちゃいけないね。

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